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「うんうん、お互いやる気満々って感じー。いいよいいよー、非常にグッドよー」
会場のピリピリした空気を弛緩させるのは、いつだって大魔王の役目だ。今回もへらへら笑いながら適当なことを言っている。
無論、そんな適当な性格の彼をよく思わない者もいる。現在対峙している息子たちもそう。
……だが、彼らの意識は相手にしか向いていない。
父、大魔王のことは一切眼中になかった。
「……んじゃ、早速始めようかね。はい、最終決戦スタートーーー!」
いたたまれなくなった大魔王は、高らかに開戦の合図をした。
そして訪れる静寂。魔王も、弟も、睨み合ったまま一歩も動かない。
「な……なにやってんのよ、あいつら……どうして動かないわけ?」
この勝負を間近で見届けようと、先ほどまで控え室にいた魔王や弟のチームメンバーたちもバルコニーに駆けつけていた。
中でも女神は、とりわけそわそわとして落ち着きがない。この静けさに、じれったさと不穏な何かを感じ取っているのだろうか。
「順当に言えば、互いの隙を伺っているのでしょう。素人もいいところの彼らにその線は薄いと思いますが」
「じゃあ、なんだっていうのよ?」
「おそらくですが……『お前に言われなくても喧嘩くらい勝手に始めるわアホ』という意思の現れかと」
「えぇ〜……私の合図がそんな気に食わなかったの〜……?」
巫女の推測が当たっているかどうかは別として、確かに魔王ならばそれくらいは言いそうである。弟も父に対しては辛辣になるので、そう思っていても不思議ではない。
だがわざわざそれを口に出してしまった所為で、大魔王は肩をがっくり落として落ち込んでしまった。本人たちの口から聞くよりも堪えているかもしれない。
……その時、両者の立ち会いに変化が現れる。
「……! ついに動いた……!」
二人は目と目で火花を散らしたまま、ゆっくり前進。そして手の届く距離に来た時、ほぼ同時に相手の胸ぐらを掴みあった。
その次の瞬間には、二人の額と額がぶつかり合う鈍い音を、リングに仕掛けられたマイクが拾っていた。
「うわ……痛そう……」
思わず女神が目を覆うほどである。口にはしないが、隣の勇者もドン引きしていた。
その当人たちといえば、互いに掴みあっていた手も離し、フラッとバランスを崩して背中から倒れ込んだ。
お互いに額から流血して泡を吹き、白目を剥いて完全に気を失っている。
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