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…………
二人が気を失ってから、とうとう一時間が経過しようとしていた。
満席だったギャラリーにも空席が目立ち始め、僅かに残った者たちも完全に集中は切れ、各々好き勝手に過ごしている。
ひどい者になるとブーイングや、中庭にゴミを投げつけるなどの行為すらあったが、それらも状況が状況故にお咎めなし。大魔王、及びその臣下たちは静観を貫いている。
特等席で見守る姉弟の関係者たちですら、気が緩み始めているのも確か。状況が変わったのは、ちょうどその頃である。
「いってぇ……俺ぁ……どのくらい寝てた……?」
額をさすりながらゆっくりと起き上がったのは弟だ。
朦朧としながらも、即座に周囲の状況を確認。気を失う前のことを思い出すと、まだ倒れたままの魔王の元へゆっくりと近づいていく。
「起きろクズ! 俺ぁまだお前の口から負けましたって言葉を聞いてねーぞ!」
そして、魔王の上にまたがると、その頬を思いっきり引っ叩いたのである。
何度も何度も、叩くのをやめない。魔王が目を覚ますまで、きっと止まることはない。
「……ってぇなぁ、なにしやがんだクソチェリーよォ……!」
ついに意識を取り戻した魔王は、弟の顎に一発拳を入れる。
流石にこれは避けることも出来ず、フラついた隙に魔王は脱出に成功した。
「ッ……!」
「ははッ! 甘ェんだよてめぇはよォ! わざわざ起こしてくれてありがとなァッ!」
さらに追撃。容赦のない顔面への前蹴り。弟を後方へ突き飛ばしつつ、一旦その距離を取る。
そこからもう一歩を踏み込まなかったのは、魔王自身に思いのほかダメージが残っているからだ。出来なかったのではなく、出来ないと言った方がより正しい。
弟も鼻血を出しながらも、なんとか立ち上がる。顎と鼻への攻撃により、視界が安定しない。
それでも、まだ二人の闘志は燃えている。
「やっと起きやがったか。ったく、いつもいつも寝すぎなんだよお前は」
「別に起こしてくれと頼んだ覚えはねぇんだがなァ?」
「お前が起きてる時じゃねーと……お前に負けを認めさせられねーだろうが」
「はっ! 鼻血出してるヤツの言うことじゃあねぇなぁ! 私が寝てる間に降参しといたほうがよかったんじゃねーかァ!?」
まだまだ、二人は闘える。
どれだけ血を流そうと、足元が覚束なかろうと、頭がクラクラしていようとも。
目の前の相手の心を折るまでは。
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