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「今日もよく売れたな。」
コツコツと足音が響く。
充実した1日を過ごして、満足げに帰路につく。ぼんやりと照らされた並木道は、毎日違う景色を見せてくれる。この時間に帰るのは久しぶりだ。
「....!?」
いつもの通りの曲がり角、オレはふと目を奪われた。あまりにもキレイな男がスーッと立ってニコリもコチラを見て微笑んでいる。
「…そうだ、何を驚いているんだオレは。良くある事じゃないか。店員がお客に挨拶しただけのことだ。」
訳の分からないことをぼそっと呟き、オレはなんとなく、髪をかきあげた。
(顔は別に負けてないぞ、それにオレの方がモテるな!)
その時、透明のガラスのドアが静かに開き、オレより背の高いソイツが現れた。
「良かったら、お店にお入りになられませんか?
その先のお店のオーナー様ですよね?」
一瞬、爽やかな香りがした気がした。
(コイツ、いい香りだな...)
男性用の香水なのだろうか?何故かとても余韻が残るのは初めての事だ。ぼんやりとしていると
「あのっ、無理ならいいんです」
ソイツは恥ずかしそうにしながらそれでもオレの目をじっと見つめてくる。
「では、じゃあ少しだけ。」
オレは、何でもない顔をしつつ少し格好をつけて、自慢の時計をチラッと見た。
去年買ったばかりの限定の最高級時計だ。男は洋服では大してお洒落ができない分、時計にはそれなりに拘りを持つものだ。そしてコレは、超お気に入りの一品なのだ。
「あっ、その時計!もしかして…。
本物見るの初めてなんです」
そうだ!オレはこの言葉を待っていた。
気づいてくれる奴は気づいてくれる。
オレは嬉しさを隠しながら
「....ああっ。」
とそっけなく返事した。
(こいつなかなかいいやつだな。)
オレは、ちょっと静かな声のトーンで大人の男性らしく
「君、ここでずっと働いてるの?」
とサラッと言ってみた。
「あっ、はい。実は一週間ほど前から此方でこの時間だけ、働かせて頂いてるんです。さぁ、どうぞ。こちらへ。」
オレはドアの中へ通され、奥のソファーに案内された。
「珍しいね。こんな風に、ゆったりしたソファーを置いてる帽子屋なんて。うん、なんかいいな。」
「あっ、ありがとうございます。このソファーでお寛ぎ頂いて、お気に召されるお品を見つけて差し上げると言うのがうちの店のオーナーの方針で..。
僕もこのソファー、すごく好きなんです」
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