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「自殺未遂ということでしょうか」
「そう考えるしかなさそうですね。りんごの皮はきれいに剥いてあるのに、手が滑ったなどと、どうして考えられます?それに『暗い日曜日』を聞いていたなんて。あなたが気づかなかっただけで、彼は相当お疲れのようですね」
そんな会話が聞こえた。
目をつぶっていても、鼻を突く臭いが充満する。
ここがどこかなんてわざわざ説明する必要もなく、やがて彼女らはカーテンで仕切られただけの部屋に入ってくる。
「ルイス・エヴァンスさん」
律儀な名前の呼び方をされて薄目を開ける。
そこには白い衣をまとうドクターと、栗色(※chestnut brown)のコートに身を包むリリィの姿。
「担当のジル・ホックニーです、ジルで」
長身で面長な女性ドクターが私の寝るベッド脇左に、麗しくそびえ立つ。
「僕は、ワットです」
そこでようやく自分の左手首に包帯が巻いてあることに気づいた。
その腕から細い管がどこかへと伸びている。
「なぜ、あなたがここにいるのか……覚えています?」
「恐らく左手首を切って、その後、僕の意識がなくなったんでしょう」
他人事のように言ったせいか、ジルはその白い額に一瞬だけ波を作った。
「恐らく、というのは……はっきりとは覚えていない、ということ?」
「僕は朦朧としていたんです、眠気で。だからりんごの皮が蛇に見えて、手に絡んできたと思い込んだわけです。それでナイフで……」
自分でそう口にして、それが不自然な言い訳にしか聞こえないことに気づいた。
「本当に?」
怪訝そうに口端を上げ、眉を寄せて彼女は言う。
その鮮やかな視線に負けて私はまた口を開く。
「事前に睡眠薬を飲んでいました……最近、寝つきが悪かったので。GPでゾピクロンを処方されて」
「ティータイム中に?」
彼女の隣にいたリリィは黒く厚い唇をキュッと結んでいる。
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