血まみれのナッツ (Bloody nuts)

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「ええ。飲んでいたのはカモミールなので、薬と併用しても問題はないはずでしょう?」  軽く頷くジルはすでに他のことを考えているようだった。 「ゾピクロンは何錠飲んだんです?」 「規定通り、1錠を」 「それから何分後に意識が朦朧としたの?」 「15分から20分ほど」 「で、そこからわざわざりんごを剥きに行ったの?」 「ええ。腐りそうだったのを思い出して」  ここで交わされた会話に嘘が充満していることは、ジルだけでなく、リリィも気づいていただろう。  薬は3錠ほどを紅茶に溶かし、私は苦いだけのカモミールをマグカップの半分ほど啜っていたのだ。  レコードの曲は5分も経たずに終わる。  それからすぐにキッチンに向かって腐りもしない艶やかなりんごの肌を剥き、誤って切った手首の痛みに快感を覚えながら眠った、と考えても10分もかかっていない。  嘘をついた理由は、別に彼女に叱られることを恐れていたわけじゃない。  ただ単に知られたくないのだ。  個人が崇拝する思考をいちいち他人に干渉されたくはない。  命に別状があろうが、なかろうが、これは私の想定内の出来事であって、それを自傷などと騒がれるのも迷惑なのだ。 「大体は分かりました。とりあえず、手首の傷が安定するまでの間は入院することになりますね」  すぐに退院させなかったあちらの理由としては、心因性の自傷である可能性を考えていたからに違いない。  強ち間違いではないが、決して正解でもない。  徹底した管理が高い水準を保つという誇りに包まれた、規制された社会の水面はとても澄んでいることだろう。  その下に溜まった泥(※mud)は存在しないものとして扱われ、強制的な浄化を迫られる。  となると狂人(※mad)は心深くに沈みこまなければならない。 「リリィ。アナスタシアをここに呼んでくれ。それと今後は一切、余計なことを口にするな」  ジルのいなくなった隙にリリィに向かってそう言った。  彼女は遠慮がちに頷いて、ようやくその清楚な口を開けた。 「分かりました」
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