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ルイス・エヴァンス家に戻った私は、彼女を眺めながらのティータイムに勤しんでいた。
「お金のことは気にしなくていいよ。君は疲れを取ることに専念して、健康な身体を取り戻さなきゃね」
一階のリビングの茶色いソファーでそう言葉を連ねる。
右横のアナはアッサムのブレンドされた紅茶の表面を見つめる。
「まったく酷いものだ、警察と医者はあてにならない。こんなに困っている被害者がいるのに守りもしない。でも、もう心配ないよ、アナ。君は僕が必ず守る」
その鬱蒼とした淫靡な瞳の中には小さな望みが生まれていたに違いない。
「ありがとう、ワット」
微笑みを見せる彼女は、元はどこにでもいる普通の、何の変哲もない女性だった。
トムに精神的に追いつめられるまでは。
トムに虐げられ続けた恐怖で、彼女は数年でこんな姿になった。
その一部始終を私は知っている。
なぜならトムは私の友人で、アナの浮気癖を治す方法はないか、と私に相談してきたからだ。
だから私は力で押さえつけ、服従させる方法を彼に教えた。
そんなトムから逃げようとするアナに私は、偶然を装って出会い、彼女の相談にも乗っていた。
だが、私は彼らの経緯に何ら興味はない。
ただ枯れ逝く鑑賞用の花が、新たに芽吹くその秀麗さに感動したいがために私は加護を与える。
それに武器は必要なく、言葉という人類の英知を使用するだけ。
「アナ、ここだけの話だ。使用人のリリィがトムに買収されたかもしれない。実はさっき、食事に何か入れてるのを見たんだ。もしかしたら毒かもしれない……いいかい、アナ。もし苦みの強い食べ物や飲み物があったら飲み込んじゃだめだ。食べたフリをしてトイレで吐くといい」
彼女は定まらない視線を私に向けて、ただ頷き、紅茶の入ったマグカップに口をつける。
その言葉を真に受けたようだった。
「うっ」
彼女は突然口を押さえた。
「アナ、どうしたんだ?」
「すごく……苦い……」
「毒に違いない……」
私の言葉が終わる前に彼女は部屋を勢い良く出て行った。
恐らくトイレに駆け込んだのだろう。
もちろん、私はそれが毒ではないことを知っている。
ただの苦い睡眠薬の入った紅茶だということを。
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