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夫から逃げるため、居場所が知られないよう各地を転々としていたアナに数々の愛人はいたようだが、彼女に救いの手を差し伸べる者は一人としていなかった。
それはまるで処刑される罪人を見守るだけの、傍観する野次馬たちと何ら変わりはしない。
医者はそんな彼女を執拗に生かそうとし、何度も摂食障害の治療を試みてはいたようだったが。
この優しい社会では苦しみが増幅されるだけで、何の役にも立たなかった。
たとえトムが何らかの罪で罰せられたとしても、釈放されれば彼が生きている間は怯え続けなければならない。
トムが死んでも、彼女が健康な身体を取り戻すのに必要な時間は一生分でも足りないだろう。
だから私は可哀想な彼女を自殺へと追い込んだ
彼女の死は私の中で当然のものだった。
野生の世界では、物を食べられない固体は他の個体の餌となり、生を諦めなければならない。
強い者が生き残るという生き物本来の生態系が崩された人類では、このおかしな社会ばかりが発展を遂げ、平和の一部の美徳(※Virtue of a piece of peace)に満足しているだけだ。
そんな世界で、自殺玩具(※Suicide Toy)と化した者を本来の運命に誘導させることが罪であると、そう言ってくる連中こそが制約に縛られた現代人なのだ。
実際に私のしたことといえば無数の嘘をついたことと、誤って彼女に私の睡眠薬入り紅茶を飲ませてしまったことくらい。
数々の虚偽が罪にならないとも限らないが、彼女の死で私に齎す目に見えた利益は一つもなかった。
それと、彼女の年齢がまだ若いことも功を奏して、医者も特に疑問には感じなかったようだ。
そんないい加減な理由から、アナスタシアは過激なダイエットの末に餓死したと判断され、22歳という短い生涯を終えたのだった。
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