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墓地には雪が降り出し、立てられたばかりのグレーの墓石が白く色づくのを私は見下ろしていた。
「どう責任取るんだ?ワット」
その声に振り向くと、雷鳴が轟く前のエネルギーが満ちた雨雲のような、不穏な顔つきのトムがそこに立っていた。
「言っただろう?僕は約束を守るのは苦手だと……」
彼は目を細めて私を睨む。それに私は喜ぶ。
「君の暴力が過ぎたに違いない。唾さえも飲み込まずに皿に吐き捨てていたんだぞ?餓死と判断されただけで、事実上は自殺だ。君の刺激が強過ぎて彼女は自殺を図ったのさ」
適当に口から発せられる音にも常套句は必要だ。でも私はそれらが嫌いだ。
ただ、こういった予期せぬ事態になった時には、関わった相手を責めるという人間的な決まりがある。
そうすることで人は自分が背負う非や責任から逃れようとするらしいが、私は単に彼の怒りを増幅させようとしただけだ。
「お前がそうしろと言ったんだろう!」
恐らくDNAのように螺旋する、人間心理というものが常套手段によって働き、その渦に一度巻かれれば想像通りに物事は動く。
ここで私が彼に殴られるには冷静な口調で回りくどい論理でも語ればいいのだ。
「僕は力で押さえつけるのがいい、と言っただけで何も暴力を振るえと言った覚えはない。力は夫としての権力のことだったんだ、なのに君が勝手に勘違いをしてアナを殴ったんだろう?」
「ああ?お前、何言ってやがるっ!」
(※What the hell are you talking about?)
その常套句と共に彼の太い右腕が私の顔に迫る。
それを抵抗せずに受ければ、大抵は5発くらいで彼の怒りの衝動が治まる。
それが死ぬまで続こうと私は構わないが。
左頬にサッカーボールが当たった時のような衝撃がして、それと同時に湧き上がる興奮が生まれる。
その瞬間の熱気、明滅する鼓動、細胞を駆け巡る痛覚。
これが生ということを感じずにはいられない。
今、自分がここにあるという、決定的な証拠に満ちた素晴らしい感覚の中、ある日の記憶が私の頭を掠めた。
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