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「アナ!」
静寂にこだまする声に彼女は足を止め、素早く後ろの市場の建物に目を向けた。
オレンジ色の明かりに包まれた建物から一つの影が素早くこちらに近づき、彼女に迫る。
「ファントムだ、アナ!早く逃げるんだ!」
恐怖心が滲み出た彼女の目に映ったのは、夫であるトーマス・オブライアンの姿だった。
「早く、逃げろ!」
私がその影に飛び掛かってすぐ、彼女が走って行く足音が聞こえた。
彼女の姿が見えなくなったのを確認し、地面に押さえつけていた手を解いた。
「もういいぞ、トム」
彼に跨っていた体勢から立ち上がり、側に投げ出された傘を私は手にする。
ファントム(※fan tom)と命名されたトムは背中を路面につけた形から起き上がった。
「何も倒すことないだろ、ワット」
「君の演技が下手だからこうするしかなかったんだ。もっと殺すくらいの勢いで迫らなきゃ、面白味がないだろう?」
彼は完全に立ち上がってアナが走って行った方に目を向ける。
「本当にこんなことして、アナは俺のところに戻ってくるのか?」
「戻ってくる、とは僕は言ってない」
「どういうことだ?」
6フィートを越す背に14ストーン以上ある大柄の肉の塊が私に迫る。
「彼女が僕の家に住むようになったら、君はいつでも会えるさ。離婚の話し合いをする、とでも言って君を家に招待して僕が仲介役になればいい」
「その後は?」
「仲直りするなり、監禁するなり、君の好きにすればいい。僕は君の行動を鑑賞はしても、干渉することはないからね。自由にすればいいさ」
私の言葉にトムは数回頷いた。
「その言葉に責任持てよ、ワット」
「約束事が得意じゃないのは君も知ってるだろう?だが、まあいい。なるべく守るよう頑張るよ」
嫌疑の目で彼は私を睨んでいたようだが、私は構わず背を向けてその場を立ち去り、自宅に戻った。
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