プロローグ

3/5
前へ
/17ページ
次へ
「あの、……急にごめんなさい」  可愛らしく震える声で女の子はそう言うと俯いてしまった。その顔は真っ赤になっている。僕は教室の皆の好奇な視線から女の子の姿を遮るようにして、にっこり笑った。 「ここじゃなんだから、外、いこ?」  そう誘いをかけると女の子はかすかに頷いて、歩き出した僕の後ろをついてきた。  僕は中庭に出ると教室の窓からは見えにくい大きなクスノキの下まできて、立ち止まった。女の子の方を振り返ると、さっきよりは顔の色が戻っている。すごく肌が白い。 「あの……突然、ごめんなさい。お話、が、」  そこまで言うと、女の子は黙ってしまった。  クスノキが揺れて、肌をなぞるように青い風が通り過ぎていった。  僕はいつものように少し女の子を観察する。  肌理細かな肌と亜麻色の髪、伏せた長い睫毛、華奢な手足。僕の視線に気づいたのか、女の子は顔をあげて僕を見ると恥ずかしそうに微笑んだ。灰色がかった虹彩がキラキラしてる。 「私、沙綾っていいます。……レンくんのこと、ずっと見てました」 「僕のこと?」 「はい、入学した時に、すごくキレイな男の子だなあって……。モテるの知ってるけど……期末試験が終わったら、卒業になっちゃうから……」 「うん」 「だから、その前に、と思って……。その……好き、なんです」  沙綾と名乗った女の子は、一生懸命言葉を紡いでいた。勇気を振り絞ってくれている。僕はそれだけで、きゅんと胸が締め付けられるようになって、泣きたいほど嬉しくなった。  いつだって女の子からの告白はかわいいし、できれば応えてあげたいと真剣に思う。 「……ありがとう、嬉しいよ」  そう言うと、沙綾ちゃんはパッと顔をあげた。女の子の、少し上気した顔が潤んだ瞳をたたえているのは、いつ見てもどきりとする。でも僕はお決まりの次の言葉を言う。聡い子だと、僕の表情に気づいて先に顔を俯けてしまうのだけど。 「でもごめんね」 「……どうしてか、聞いて、いいですか……」 「……心に決めた女(ひと)がいるんだ」  申し訳なくて頭をさげると、沙綾ちゃんは強く頭を振った。そして震えるような声で、「ごめんなさい」と言うと身を翻して駆けて行ってしまった。  クスノキがざわざわ揺れている。僕はその木陰に座ると、大きくため息をついてから空を仰いだ。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加