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アルミ製の扉で全く見えないから。風邪を引いていて正常な判断が出来なかったから。どんな理由付けをしたところで、言い訳にすらならない。
僕は田中さんのパンツを盗んだ。
田中さんのパンツをジャージのポケットに押し込んで、更衣室から逃げるように来た道を戻る。
暑い。息が苦しい。喉が痛い。
「くん、佐藤くん!」
ハッとする。目の前に高校時代より綺麗になった田中さんがいる。
「あれ?ごめんね!なんかボケっとしてた!」
「もー!しっかりしてよ~」
「おかしいな~」
可笑しそうに笑う田中さんを真っ直ぐ見れなくて、しどろもどろになる。冷や汗が止まらない。激しくなる動悸。
だからどうやってそんなことになったのか憶えていない。でも気付いたら、その日から僕と田中さんは恋人同士になっていた。そして大学卒業後に僕は逃げるように飛び出した東京へ戻った。就職をして三年、同棲を始めて一年。そしてもうすぐ僕たちは結婚する。
あの白昼夢のような出来事が本当にあったのだと、今も実家の僕の部屋には田中さんのパンツが隠してある。捨てなくちゃと思っている。でも手放せないのだ。あのときのプール匂い、体育に励む皆の声、暑さによる汗、興奮、全てが忘れられない。絶対に誰にも言えないけれど。これは僕が墓場まで持っていく秘密だ。
「お義母さん、こんにちは~」
「いらっしゃ~い!もうすぐお昼御飯出来るからちょっと待っててね」
今日も私は佐藤くんの部屋に来た。彼に盗まれたパンツを見るために。彼は知らない、私が知っていることを。私のパンツを盗んだ人がいる、その事実だけで興奮するような変態だということを。
「ふふっ」
私のパンツを盗んだ人が彼だと知ったのは付き合い始めてからだ。泊まりに来ていたときに偶然見つけてしまったのだ。そのときの衝撃と興奮は一生忘れられない。盗まれる悦びを教えてくれたのは彼だったのだ。
時々、彼が罪悪感で押し潰されそうになっているのは知っている。それすら私を言いようのない快感が包むのだから手に負えない。だから決して、悟られてはいけない。
私が知っていることは、私が墓場まで持っていく秘密だ。
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