夕暮れ滴

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部屋で寝ていた克也に、遠慮がちに母親が尋ねてきた。 「槙が?・・・ああ、上がってもらって。」 ギシギシと廊下を歩く音が近づいてきて、ドアの向こうからそっと槙が顔を覗かせる。 「克也・・・。」 上半身を起こして、克也は“入れよ”と手招きする。 「起きて、大丈夫なのか?」 「ああ、足首以外は至って元気なんだ。フテ寝だからさ。」 克也は努めて明るく振る舞った。 しかし槙の表情は硬い。 おそらくあの後、克也の状況説明と繰り上がりメンバーの選出があったのだろう。 「・・・俺、克也の代わりに出ることになったんだ。」 槙は申し訳なさそうにつぶやく。 そうか、槙になったんだ。 ・・・自分が出られなくなったのは悔しいけれど、代わりが槙なら納得できると思った。 その他の、ましてや3年の野郎だったら、きっとおかしくなったに違いない。 克也はホゥッとため息をついた。 「克也、俺が前に言ったこと憶えてる?」 「え?」 「陸上なんか、大嫌いだって言ったこと。」 ・・・今日まさにそのことを思い出していたぜ? 克也は訝しげに槙を見ながら、次の言葉を待つ。 天井をフッと仰ぎ見て、槙はゆっくりと話しはじめた。 「須藤卓(たく)。俺の父さんだ。父さんはずっと陸上の長距離選手でね、インターハイでも優勝したことがあるんだ。大学も陸上で推薦入学してさ、就職もその関係でね。」 槙の父さんが陸上選手だったなんて、初めて知った。 「母さんとは学生結婚で、俺は父さんが二十二歳のときに生まれたんだ。父さんが入った企業は陸上に力を入れててさ、父さんは広告塔みたいな活躍を期待されていたんだ。実際何度かテレビCMにもなったんだよ。」 ・・・あっ、もしかして、小学生の頃に見たことがあるCM。 確か須藤卓って当時有名だったな。 すっかり忘れていたけど、槙のお父さんなんだ・・・。 「だけどね、俺が小学校6年生の時、怪我しちゃったんだよ。陸上は続けられなくなってね。企業はだからって会社を辞めさせることは無かったんだけど、父さんの方が参っちゃったんだよな。自分から辞めちゃったんだ。父さんには陸上しかなかったからね。」 「・・・・。」 「それからはずっと家に籠ってね、俺が中学2年の時に、自分でいなくなっちゃったんだ。」 「槙、それって。」
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