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「俺ね、今でも陸上を憎んでるけど、実はほんの少しだけ好きになってきたんだよ。克也のおかげで。」
「え?俺の?」
「克也ってさ、いっつもホントに楽しそうに走るんだよな。見てて気持ちよかった。そんなオマエと仲良くさせてもらってさ、一緒に走ってさ、なんかいいな、こういうのって思ったんだ。」
「・・・。」
「インターハイ、克也の代わりに精一杯走るから。・・・いや、違うな。克也も一緒に俺と走るんだ。だって、今の俺があるのは克也がいたからだもんな。なっ、優勝、しようぜ?」
槙はまっすぐ克也に向かい合う。
初めて見る、何か吹っ切れたようなキリッとした笑顔だ。
克也はそんな槙を眩しげに見つめた。
「・・・なんてカッコいいこと言っちゃってるよね、俺。」
頭をポリポリと掻いて照れたような様子は、いつもの槙だ。
今まで俺の知らなかった槙。
ふたりの槙が、自分の中で融合していく。
「・・・優勝・・・しろよ?約束な。」
克也はニヤリと笑って拳を差し出した。
槙もそれに応えて拳を返す。
ふたりは確かめあうように拳で押し合い、挑戦的な笑顔で頷きあった。
*
夏休みに入り、運動部の連中の汗を染み込ませたグランドは、一時(いっとき)の静かな空気に包まれていた。
インターハイは無事終了し、次の練習再開までに2週間の休暇が与えられたのだ。
結局槙は、寸での差で優勝することは出来なかった。
あと一歩というところだっただけに、競技終了後の槙は悔しさの余り、人目もはばからず男泣きした。
それでも陸上経験1年半という短期間で、表彰台に上がった実力だ。
まだまだ伸び代がある分どこまで高みを目指せるのかと、将来を期待される結果となった。
誰もいない夕暮れのグランドを眺めながら、校舎の壁にもたれかかって槙と克也は座っていた。
「ゴメンな、優勝できなくって。」
ポカリを一口飲んで、槙が言う。
約束したのになあ、と、ひどく残念そうだ。
「2位だって、すごいんだぞ?オマエ、まだ陸上始めて1年半なのに。」
克也はペラペラと手を振りながら答えた。
足首の状態はまだ本調子ではないが、2週間の休暇中にはかなり回復しているはずだ。
練習再開時には、少しずつグランドに戻ってこられるだろう。
真横に座っている槙の顔をチラッと見る。
夕日が景色を染め始め、槙の横顔もオレンジ色に輝いていた。
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