夕暮れ滴

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「まだ2年だもんな、オマエ。もっと頑張れば来年もあるってことだしな。」 わざと下から覗き込むように睨み付けてきたのは、槙と同じくスプリンターの友井だ。 槇が入部したとき、一緒に頑張ろうなと話しかけてくれたのに、一気にタイムを縮めてきた槇に、いつしか冷たく当たるようになっていた。 「もう頑張ったって後が無い俺たちなんか、馬鹿にしてるってことかな?ん?」 嫌味なほど爽やかな笑顔で言い放ったのは、やはりスプリンターに3年間をささげてきた森本だ。 実力はあるはずなのに、気分によってタイムのばらつきが目立つ。 練習では克也よりも断然いいタイムを叩きだすくせに、本番で崩れて結果を残せないタイプだ。 どいつもこいつも一癖あるが、今まではそれなりに何とか調和をとってやってきたのだ。 3人ににじり寄られているところを、追いかけてきた克也が見つけた。 「ちょ・・・、先輩、何やってんですか!」 慌てて黒い塊に駆け寄っていく。 「猪瀬っ、来るんじゃねぇよっ」 「それとも、猪瀬も俺らのこと笑いに来たのかな~?」 3年は次々に克也にも怒号を浴びせる。 囲まれている槇の顔は見えないが、3対1じゃあ分が悪い。 「克也、俺は大丈夫だから、あっちで待っててよ。」 奥の方から槙の声がした。 「お、余裕ですねえ、さすが須藤君。」 へらへら笑いながら言い放った木崎の顔の醜さに、克也は小さく舌打ちした。 くそっ、コイツらとことん嫌な奴に成り下がっちまって・・・っ。 克也は構わず輪の中に押し入ろうとした。 と、突然。 「克也っ!あっち行ってろって言ってんだろ?!」 今まで聞いたことのない鋭い声が響いた。 今の、槙の声か? いつものんびりとした穏やかな声色なのに、驚くほど骨太で凄味のある声だ。 3年も、突然豹変した槙の声にギョッとしたようだ。 「槙・・・っ!」 チラリと見えた表情に、ドキッとする。 あの目だ。 いつもスタートラインで見せる、獣の様な目。 しかし次の瞬間にはいつもの槙に戻って、アイコンタクトで訴えてくる。 克也はもうその場を離れるしかなかった。 その姿が見えなくなったことを確認して、槙は3人を無表情で見回した。 さっきの声が堪(こた)えたのか、小心者の友井は多少怖気づいている。 「さて・・・、話の続きをしてくださいよ。」
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