夕暮れ滴

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友井の背中が一瞬強張った。 それじゃあ、と言って颯爽と槙はその場を後にした。 体育館脇の通路を抜けたところに、克也が不安を隠せずイライラした表情で立っている。 槙はフッと笑って克也の元に走った。 「槙・・・!オマエ、大丈夫か?!」 「んー、怖かったよ。もう先輩たち怒り狂っちゃってたしね。克也が来てくれて、ちょっと俺落ち着いたんだよ、ありがとうな。」 相変わらずのんびりした口調だ。 見たところ、怪我をさせられている様子もない。 まあいくら先輩達でも、そこまで大事にはしないだろうとは思っていたけれど。 克也はホッとした。 「あ、オマエ、いっつも穏やかなのに、あんな声出せるんだな、驚いたよ。」 ふと思い出したように克也が言う。 「あ、あれねぇ、俺もびっくりしたよ、自分の声じゃなかったみたいでさ。」 お互い顔を見合わせて、フフッと笑う。 「なあ、腹減っちゃったんだけど、コンビニでおにぎり買っていい?」 照れたように槙は腹を擦っている。 いつもの槇だ。 確かに“いつもの槙”なのだ。 しかし克也には、もう一人の槙が見えたような、そんな気がしていた。 どうやってあの3人を黙らせてきたのだろう。 興味があったが、敢えて聞き出そうとしなかった。 聞いてもきっとはぐらかされる。 何故かそんな気がして、克也は槙の柔らかな横顔を訝しげに見るのだった。 * 翌日から、インターハイ選抜メンバーには特別強化メニューが組まれた。 普段のメニューに加えて、スプリンターはフォームの見直しやスタートダッシュの見直し、何度もタイムを計り、問題点を徹底的に洗い出していく。 長距離ランナーは10kmマラソンをもう1本追加して、徐々にスタミナをつけていく。 毎日、練習の後のメンバーは、皆疲れ切って帰宅の途についた。 もちろん選抜されていない部員も、いつ補欠で出場が回ってくるか分からない。 誰もが気が抜けない状態だった。 槙を呼び出した3年生たちも、ずいぶんおとなしくなって黙々と練習をこなしている。 そんな中、克也はなかなか縮んでいかないタイムと、連日の疲れでイライラしていた。 冷静になるためグラント脇の水飲み場で頭から水をかぶる。 したたかに濡れた髪の、しずくを振り払うように頭を強く振っていると、冷たっ!!と叫ぶ声がした。 瞑っていた目を開けると、槙がタオルを持って克也の傍に立っていた。
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