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知り合ってまだ1年と少しなのだから、知っている顔よりも知らない顔の方が多いのは当たり前なのかもしれない。
だけど、いつも馬鹿正直で自分を隠さない克也にとっては、その知らない部分がとてつもなく遠い存在のように感じられたのだった。
「猪瀬っ、気を抜くんじゃないっ!」
コーチの鋭い叱咤が飛んだ。
ハッとして克也は小さく頭を振った。
振り向いた槙と目が合う。
拳をグッと握りしめて“ガンバレ”と口パクしてきた槙に、克也も拳を握って応える。
そうだな、どんな槙がいたって、俺の前ではあの槙なんだ。
雑念を払ってスタートラインに立つ。
槙に追い越されているタイムを、奪い返さなくてはならない。
隣には、同じく選抜メンバーの山本が位置についている。
用意、のホイッスルが鳴り、続けてスタートのホイッスルが響く。
ふたりは一斉に走り出した。
夏の熱を抱え込んだ大気を、全速力で突き破る。
空気抵抗を掻き分けて生まれた風が、どんどん後方に流れていく。
身体半分、山本の方が先方を走っている。
もう少し、もう少し・・・。あと10mほど、というところで、左足首に痛烈な痛みが走った。
急速に克也は失速し、そのまま地面にうずくまる。
「猪瀬?!」
驚いたコーチが、真っ先に駆けつける。
走りきった山本も、急いで駆けつけてきた。
「どうしたっ、どこか痛めたか?!」
「分かりません、急に左の足首が痛くなって・・・。」
槙も心配そうにこっちを見ている。
すぐに病院に行こう、とりあえずここを動くんだ、とコーチが肩を貸してくれる。
左足を着かないように注意しながら、克也はグランドから離れた。
検査の結果、左足首疲労骨折、練習はドクターストップがかかった。
もちろん十日後に控えたインターハイには出場することは出来ない。
診察室で診断を聞いた克也は、ガックリうなだれて涙した。
隣でコーチが、とりあえずは何も考えずにゆっくり休め、と肩をポンと叩いて励ます。
今まで頑張ってきた分、素直に頷けない克也は、顔を上げることが出来ないまま背中を震わせた。
そのまま病院から直接家に帰って、克也はすぐに自室にひきこもって布団をかぶった。
そろそろみんな練習も終って帰ってる頃かな・・・という時間、玄関のインターホンが鳴った。
「克也、須藤君が来てくれたけど、上がってもらう?」
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