【1】
全1/35エピソード・完結
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 樹木の多い、閑静な住宅街だった。  爽やかな風と光に包まれた五月の朝、美原晴みはらはるは邸宅と呼ぶにふさわしい家の前で、深い青銅色のアーチを見上げていた。絵葉書を切り取ったような空間にクリーム色の石塀が続き、つる草模様の優美な門が高くそびえている。 (おっきい家……)  みずみずしい木々の先に煉瓦造りの建物の一部がわずかに覗いている。  世の中にはもっと広大な、それこそ城のような豪邸もあるだろうが、都心部のこの場所で緑に囲まれた屋敷を構えているのだから、住人の経済的な豊かさを知るには十分だった。  周囲には豪奢な邸宅群が、世の中の災いを全て忘れたかのように、広く真っ直ぐな道路に沿って建ち並んでいる。  噂に違わぬ高級住宅街だった。  よんどころない事情により住居と働き口を探していた晴は、大学のアルバイト求人サイトに載っていた『ハウスキーパー募集(住み込み可)』に応募して面接に来たところだ。  緊張気味に門の近くまで進む。淡いベージュの門柱にシャンパン色のポストの受け口があり、それと並んでシンプルなインターホンが取り付けられていた。  表札は見当たらない。  深呼吸を一つして、晴はインターホンのボタンに指をかけた。わずかな躊躇のあと、意を決してそれを押し込む。  遠くにかすかな呼び鈴の音が聞こえた気がした。  第一印象は大切。唇をきゅっと結んで、大きな茶色の瞳でカメラのレンズを見つめて待つ。  薔薇の花弁が、白くやわらかな頬をふわりとひと撫でしていった。  突然ガチャンと金属音が響き、壮麗な門がゆっくりと内側に向かって開き始めた。 (う、うわっ。電動!?)  開いた門を見上げながら、恐る恐る足を踏み出す。  そのまま導かれるように木漏れ日の落ちるアプローチを抜け建物の前まで進むと、そこで晴はわずかに目を見開いた。  周囲の様子から相当に厳めしい家を想像していたが、目の前に現れた建物は思いのほか柔らかな印象だったのだ。赤い煉瓦の壁面に、規則正しく並んだ白い窓のコントラストが美しい。  確かに大きな家ではある。しかし、その古風な姿はどこか懐かしく温かな雰囲気を持っていた。明るい若葉の緑が、建物全体を優しく包み込んでいる。 (綺麗な家だな……)  ジョージ王朝スタイル。建築学科の学生らしく、その建物の形式を心の中で呟いた。
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