【4】
全4/35エピソード・完結
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【4】

   晴が下りて行くと、五月の光が降り注ぐ明るい居間に、桐谷は頭を垂れて座っていた。  大きめのリビングテーブルには、湯気の立つ紅茶と新鮮なサンドイッチが載っている。  時刻は正午をまわっていた。 「空腹ではないかと思ってね。口に合うといいのだが……」  正直、身体にはまだ違和感があるし、食欲もあまり感じない。  だが、勧められるままに一切れ口に入れると、その美味しさに急に腹の虫が目を覚ました。  美しく盛り付けられたサンドイッチは、たっぷりの野菜とサーモン、チキン、ローストビーフ、それにさまざまなハーブやチーズを使った豪華なものだった。熱く香りのよい紅茶とともにいただくうちに、盛られた大皿の半分ほどを、晴はしっかりと自分の胃に収めていた。 「よかった。食欲があるなら、少しは気持ちが落ち着いたのかな……」  詰めていた息を吐いて、ややほっとしたように桐谷が微笑む。  晴は少し照れ臭く思いながら、小さくうつむいた。  紅茶のお代りを晴のカップに注いでから、桐谷はもう一度、告訴をしなくていいのかと聞いてきた。 「金銭的な謝罪はできる限りするつもりだ。しかし、それだけでは十分と言えないだろう?」  晴を傷つけた。そう言って、桐谷のほうが辛そうに顔を歪める。  晴はその歪めてさえ美しい顔を見つめ返して、静かに首を振った。  自分も溺れたという事実を口にすることまでは、恥ずかしさが先に立って言えなかったけれど――そしてそのせいで理由はうまく伝わらなかったと思うけれど――、それでもはっきりと、桐谷の申し出を断った。  金銭的なことも含めて、「何もしなくていい」と告げた。 「もう謝ってくれましたし、告訴はしたくないです……。お金をもらうのは、もっと嫌だし……」  本当にもういいのだと繰り返した晴は、それでも困惑しきっている桐谷の顔を見ているうちに、なぜだかふいに可笑しくなってきた。そして、思わずくすりと小さな笑みを零した。  桐谷が驚いて目を見開く。 「どうして笑う?」 「だって、なんだか気の毒になって……」  つたない言葉で理由を告げれば、桐谷はさらに驚いた顔をした。 「俺が、気の毒ということか……? 本当に俺を、ただ許すつもりなのか?」  晴は頷いた。
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