【5】
全5/35エピソード・完結
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 駅から伸びるまっすぐな大学通りを、晴は一人で歩いていた。  桐谷の家から大学までは電車で一駅だった。  引っ越しが済んだ後、落ち着かない気持ちで立っていた晴に、桐谷はまるでわざと自分の存在を意識させるかのように近付いてきた。  髪に触れられて驚いて見上げた晴を、穏やかな瞳が見下ろした。 『難しいかもしれないが、俺を怖がらないで欲しい。晴が嫌がるようなことはしないと約束する』  真摯な言葉に、晴は黙って頷いたのだった。  そして今朝、新たに桐谷から聞かされたことに晴は驚きを隠せなかった。  桐谷は、晴の通う南ヶ丘大学の准教授だったのだ。  桐谷から受けた説明によれば、一昨年までは桐谷自身が代表を務める法律事務所で弁護士として働いていた。現在は徐々に実務を減らし、オーナーとしてのみ関わるようにしている。法学部の准教授が主な仕事だと言った。 『弁護士さんで、しかも法律事務所のオーナーで大学の先生って……、いったい桐谷さんは何歳なの?』  あまりの地位と経歴に思わず聞いてしまった晴に、桐谷は拗ねたように聞き返した。 『いくつだと思うんだ?』  整いすぎるほど整った容貌からは、年齢がよくわからない。  首を振る晴に、桐谷はなぜか苦々しい顔で『三十四だ』とボソボソ告げた。一回り以上も違うと、小さな声で続ける。晴には桐谷の気にしていることが何なのかよくわからなかった。  大人の男として十分過ぎるほど完成された桐谷を見れば、その年齢は納得できる。黙って頷く晴に、桐谷はもう一度深いため息を吐いて肩を落としていた。  晴が桐谷の家でハウスキーパーをすることは、桐谷の口から叶家に伝えられていた。手違いで面接に行けなかったことも晴に代わって詫びてくれたという。  本来ならば、自分で謝らなければいけないところだが、複雑な事情と理由をうまく説明できる自信がなかった。尋ねられれば嘘は吐けない性分でもあり、何も言わずに済んだことに、正直ほっとしている。  うしろめたさはあるが、素直に桐谷に感謝した。
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