1人が本棚に入れています
本棚に追加
夏の暑さも落ち着き、まだ肌にまとわり付く湿気はあるものの、俺の住んでる団地は、夕方には冷たい風が流れるようになった。
俺は職場の駅前から自転車で家まで帰っているところだ、職場って言っても、バイトだけどね。
俺、奥谷俊介、21才。高校を卒業して、大学や専門を入るわけでもなく、何となく今のバイトを続けている。
特に今の仕事に不満があるわけでもなく、もらった金で友達と飲みに行ったり、遊びまくってる。
友達はとっくに就職してて、俺に愚痴ばっか垂れている。俺は適当に返事をするたびに思う、就活しなくて、本当によかったな、と。
俺は自転車を駐輪場に置いて、団地の階段を駆け上がった。
俺の住んでいる団地は、昭和時代に建てた県営団地。1階に塗装のはげた郵便受けがあったり、団地の真ん中に薄暗い階段があったり(エレベーターは無し)、壁の所々にヒビがあって、何かで隙間を埋めて補修してあったり、何となく想像できる「あんなかんじ」の団地だ。
俺の家は4階にあって、ドアを開けると、玄関に靴が散乱している。
利治、涼香、直哉、三人の靴が無造作に散乱している。
三人は俺の家族、利治は親父で、丁度一年前に長く働いてた会社が潰れたようなことを言ってた。
でも、何とか仕事を見つけるってごにょごにょ言って、それから一年、俺は、まだ親父が仕事に就いてないって思っている。
だから、バイト代から毎月数万円を親父に渡している。
親父は、すまないなあ、といってすぐに受け取る。
俺は知っている、この家にお金が無いことを。
俺は玄関を抜けて台所に入る。四畳あまりの台所には、小さいテーブルに椅子が四つ、テーブルの上には郵便物や請求書が乱雑に置いてある。
俺は一息ついて椅子に座った。
同時に、トイレの方から水の音が聞こえて、一人のおっさんが出てきた。
俺の親父だ。
親父はパンツ一丁で俺の前に座った。
寝起きなのか、親父は俺の顔をボーっと見つめながら口を開いた
利治「おお、おかえり、」
俊介「おお、ただいま」
親父はテーブルに置いてあったタバコを手にとって、上下に揺らして一本を取り出した。
利治「そうか、今日仕事だったのか。」
俊介「ああ、今日五時までだったから、」
親父は小さく頷いて、ライターの火をタバコに近づけた。
俺はポケットから財布を取り出し、万札を二枚取り出した。
最初のコメントを投稿しよう!