第1章

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「ふうん……」 手書きの地図を手渡される。カジノであれば物乞いも少しはいるし、人混みに紛れるのも上手くやれるだろう。ぺたりとカウンターに右の頬をつける。つめたい。鋼鉄のいいところは、冷たいところだ。 「……あんたのよ」 ネズさんが喉になにかが引っかかったような口調で言う。ロボットはこんなにも進化した。ロボットはかなしいくらいヒトに近付いたのに、ヒトはロボットをシステムだと言い張る。 「あんたのよ、ネェちゃん、最近どうよ」 「……相変わらず。幼い子供みたいで」 明日は鋼の雨が降るから。甘ったるい腐臭。腐臭を放つのはヒトだけなのだ。 「いつまで経っても成長しない子供みたい。よくあの歳まで生きてこれたものよね」 「ああ―――いや、お前さんは知らないか。春を売らせたんだよ」 「……ネズさんが?」 「まぁな」 「通りで。でもあの人、本当にいいカモにされるじゃないの」 「あの人に関しては現物にしてた。食べ物と服」 「……ありがと。あの人でも春を売れるのね」 「ああいうのがいいっていうのもいるからねェ……」 「ふぅん」 悪趣味な人もいるのね、と言いかけて、口をつぐむ。 自分も悪趣味だと、わかっている。           * ばたばたばたっ、と雨が降り出した。赤錆の色の雨だ。土壌汚染なんて今はもう問題にはならない。すでに土壌はなく、鉄を撫でた水が鉄を含んで天から降ってくるのだ。触れてはいけない。濡れてはいけない。ヒトの肌は爛れる。 ばん、と傘を開く。薄い鋼で出来た傘。右手にはナイフを、左手には傘を。カジノのビルの間でうずくまって、今夜殺すヒトが出てくるのを待つ。わたしは夜の闇を知らない。ぎらぎら光る鋼に囲まれてきたので。女の矯正、男の怒声、時折なにかが割れる音がする。 からんからん、とドアの開く音に顔を上げる。写真で見た男の顔。店員に手を振って、ひとりで歩き出したのを見てから、わたしは駆け出す。 残念ながらわたしはナイフ術なんて知らない。体術もわからない。ただ、ナイフ片手に、愚直に走るしか。 お前さんは殺すのに躊躇わねェだろうから、ヒトを殺して、生きてきなァ。 時折歪むネズさんの声。男が振り返る。口を開く。喉に。喉に差し出す、ナイフ。
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