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「ふうん……」
手書きの地図を手渡される。カジノであれば物乞いも少しはいるし、人混みに紛れるのも上手くやれるだろう。ぺたりとカウンターに右の頬をつける。つめたい。鋼鉄のいいところは、冷たいところだ。
「……あんたのよ」
ネズさんが喉になにかが引っかかったような口調で言う。ロボットはこんなにも進化した。ロボットはかなしいくらいヒトに近付いたのに、ヒトはロボットをシステムだと言い張る。
「あんたのよ、ネェちゃん、最近どうよ」
「……相変わらず。幼い子供みたいで」
明日は鋼の雨が降るから。甘ったるい腐臭。腐臭を放つのはヒトだけなのだ。
「いつまで経っても成長しない子供みたい。よくあの歳まで生きてこれたものよね」
「ああ―――いや、お前さんは知らないか。春を売らせたんだよ」
「……ネズさんが?」
「まぁな」
「通りで。でもあの人、本当にいいカモにされるじゃないの」
「あの人に関しては現物にしてた。食べ物と服」
「……ありがと。あの人でも春を売れるのね」
「ああいうのがいいっていうのもいるからねェ……」
「ふぅん」
悪趣味な人もいるのね、と言いかけて、口をつぐむ。
自分も悪趣味だと、わかっている。
*
ばたばたばたっ、と雨が降り出した。赤錆の色の雨だ。土壌汚染なんて今はもう問題にはならない。すでに土壌はなく、鉄を撫でた水が鉄を含んで天から降ってくるのだ。触れてはいけない。濡れてはいけない。ヒトの肌は爛れる。
ばん、と傘を開く。薄い鋼で出来た傘。右手にはナイフを、左手には傘を。カジノのビルの間でうずくまって、今夜殺すヒトが出てくるのを待つ。わたしは夜の闇を知らない。ぎらぎら光る鋼に囲まれてきたので。女の矯正、男の怒声、時折なにかが割れる音がする。
からんからん、とドアの開く音に顔を上げる。写真で見た男の顔。店員に手を振って、ひとりで歩き出したのを見てから、わたしは駆け出す。
残念ながらわたしはナイフ術なんて知らない。体術もわからない。ただ、ナイフ片手に、愚直に走るしか。
お前さんは殺すのに躊躇わねェだろうから、ヒトを殺して、生きてきなァ。
時折歪むネズさんの声。男が振り返る。口を開く。喉に。喉に差し出す、ナイフ。
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