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ばん。横に力が働く。x軸の視界回転。
ばしゃん、と水たまりに倒れる。しまった、と思う。傘はいつの間にか地面に落ちて骨が折れてしまっている。男を見上げた。逆光で表情は読めない。
お嬢さん、と男の声がする。
「……お嬢さん、やめなさい。わたしの妻に言われたんだろうけど、人殺しなんてやめるんだよ。お金ならあげよう」
「おかね」
ぎらぎら。底光り。銃口がこちらを向いている。
「でも、殺すんでしょう」
「君が殺す気だったからね」
「お仕事だもの」
緩慢な口調だった。相手も自分も。ざぁざぁと雨が降っている。男は雨に濡れる捨て猫に傘を差し出すようにわたしに銃口を差し出す。ナイフを握っていた右手は銃弾が貫通して満足に動かない。
「お仕事か。お仕事ならするしかないのだろうね」
「そうよ。これでも腕がいいって評判だったのに。手練なのね」
「いや、心臓を狙ったつもりだったよ」
きゃはははは!カジノから笑い声がする。狂った声。せぇの、と声をみんなでそろえて、そして狂っていくのだ。奈落の底へホップステップジャンプ。
目を伏せる。わたしはここでさようなら。姉はどうなるのだろう。愚かな姉。柔らかい姉。やさしい姉。明日の夜は鉄の雨が降るから。甘ったるくてやさしい姉の声。傘を壊してしまった。姉のやさしさを無碍にしたのだ。苦い苦い罪悪感。鉄さび味の罪悪感。
るう、と名前を呼ばれる。
「るう、どうしたの、どうしたの。今日は雨が降るって言ったでしょう。傘は、壊しちゃったの?」
「―――おねえちゃん、どうして、」
わたしが持っていた傘より少し古ぼけた傘を持って、姉が、わたしの姉が立っていた。
「るうが、帰ってこないから。お迎え、行かなくちゃって」
「やめて!!」
銃口の移動にわたしは叫ぶ。冷たい殺気を姉に向けるのはやめて、あの人は、あの人は、人のやさしさしか知らないんだから。汚さないで!
「るう、その人は、だぁれ?」
姉は無邪気に笑う。男の向こう側に立って。わたしより男の方が近い。銃口はぴたりと姉の眉間を狙っている。ざぁざぁと雨が降っている。鉄の雨が、鉄の雨が、降っている。
「君はこちらのお嬢さんの、お姉さんかな?」
「はい!その子のおねえちゃんです」
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