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暑い夏がくる。
蝉の求愛の叫びがしだいに盛大になり、その声を聞くだけで気が滅入る。
遠くで揺らぐ陽炎に好きだったはずの人の気配が浮かんで、すぐに見えなくなった。
親元を離れて一人暮らしをはじめて三年が経ち、一通りの家事にも苦労する事なく、おおまか標準的な暮らしをしていると思う。
想定外の珍事といえば、一人暮らしをはじめてわずか三ヶ月で同居人が転がり込んできた事か。
掛け持ちのバイトもこなせるように自分でシフト管理をし、一人なら貯金もできるくらいのささやかな余裕をもって暮らしていけると、思い始めていたあの頃。
「泊めて」
玄関でそう言った背の高い男は、そのままこの部屋に住み着き、数日後には。
「住ませて」
と、二段ベッドを持ち込んできた。
襟足の長めな茶髪に、遊び人風の整った顔立ち。男らしくがっちりとした体つきなのに、暑苦しくなくむしろ爽やか。
同性とも異性とも仲良くなれるフレンドリーな性格。
実は高校の同級生で、一年間だけのクラスメイトだった。お互いに会話をする事もなく、お互いの存在を知っているというだけの友達とも言えない、距離。
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