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【5】 11月とは思えない暖かい土曜日だった。 平日は割と閑散としたこの通称噴水公園だが、休日ということもあってちらほら親子連れの姿が見える。 マキは昨夜、ベッドの中でもう一度あの記憶を反芻してみた。 あまりに一瞬で、バラバラに切り取られて並べられた画像の一つ一つの意味は分からなかった。 ただそれに添付されるように激しい感情が読みとれた。 誰に向けられているのか分からない激しい怒り。 そして今もマキを苦しめているほど強烈な母親への気持ち。 母親から受け取った包み込むような愛情。 ある日無惨に断ち切られたそれらすべての想い。 絶望と言う感情があるなら、あの瞬間味わったもの以上の絶望があるだろうか。 出来るなら一生見たくない地獄。きっと開けてはいけなかった扉。 “心配してると思うけどな” あの時の彼の言葉がよみがえる。何度も。 その夜自分の帰りを待ちわびてリビングのソファで眠る母を見つけた。 久しぶりに見つめたその顔には、いくつもの皺が刻まれていた。 すべての呪縛が溶けたように涙があふれてきた。 他人の心の隅にチラッと浮かんだ妄想を盗んで勝手に自暴自棄になっていた自分に無性に腹が立った。 誰だってきっとその日々から逃げ出したいと思うことはあるはずなのだ。 ほんの少しそんなことを思っただけで、どうだというのか。 母はいつだって一生懸命自分に向き合ってくれていた。 愛情を否定してきたのはこの自分だ。 「ごめんね、お母さん」 この訳の分からないほどの切なさは、彼の感情なのか自分の感情なのか分からなくなった。 寂しくて、悲しくて、苦しくて。 他の人間の意識を読む。それはその瞬間、その人と一つになることなのだ。 壁とか体とか、全てを越えて。 そしてマキは自分が思っても見なかった方向へ心が歩き出そうとしているのに気がついた。 あの時自分が何故もう一度会う約束をしたのかがやっとわかった。
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