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マキは広い公園をぐるりと見渡した。
噴水に面した4つのベンチには親子連れが一組いるだけだ。
―――やっぱり、いるわけないか。
込み上げてくる寂しさを振り払いながら、マキは自嘲気味に笑った。
自分はいったい何をやろうとしていたのか。
帰ろうとしたマキの視線の先。
メタセコイヤの木の陰にポツンと置かれたベンチがあった。
むこうを向いて座っている人物は明らかに眠っているのがわかる。
ベンチの背もたれに肘をかけて、そっと頭を乗せている。
見覚えのあるフワリとしたくせっ毛。
ゆっくり近づいて顔をのぞき込む。
気持ちよさそうに眠っている顔はまるで少年のようだった。
小さく心臓が疼いた。
何日も会っていない大切な人に会うような不思議な気持ちだった。
記憶の断片を共有してしまったこの人に対する思いが、マキの中でどうしようもなく膨れていく。
その感情を何と表現していいのか分からない。
ただ、犯してはいけない領域に踏み込もうとしているのはわかる。
この人の、もっと深い場所。
深層心理のもっと奥へ……。
しだいに大きくリズムを刻む鼓動に耐えられなくなり、マキは空を仰いだ。
「ごめんなさい、神様。もうこれで最後にします」
華奢な白いマキの指先が眠ってる男の頬にそっと触れた。
あたたかな体温とともに、無防備な記憶のすべてが指先からゆるやかにマキの中へ入ってくる。
マキはゆっくりと目を閉じた。
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