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【1】
家に向かう路地を歩きながらマキは腕時計を見た。早朝の4時50分。
明け切っていない街に高校の制服姿の自分は少し異質な気がした。
昨夜ネットカフェに泊まったことを、また母に問いつめられるのかと思うと気が滅入った。
なんとか顔を合わせないように部屋に駈けあがろう。そんなことをずっと考えながら、寒々としたアスファルトをただ見つめて歩く。
うつむき気味に細い裏通りを歩いていると、ふいに視界に黄色い猫が入った。
野良猫のマイケルだ。
いつもは人なつっこく穏やかなマイケルが、今日は何かを見つめてじっと動かない。
―――なんだろう。
その視線の先の袋小路になった一角に、一人の男が立っていた。
黒っぽい服を着た背の高いその男は、マイケルを見つめて微動だにしない。
肌寒い朝だというのに、首筋にうっすら汗をかいている。
この人、猫が怖いのかしら。
まさかと思いながらマキは黄色い猫を呼んだ。
「マイケル、おいで」
のっそりとこっちを向き、低くニャーと鳴いてからマイケルはこっちに歩いてきた。
呪縛から解かれたように目を閉じて男はハァ~と息を吐き、マキをちらりと見た。
……この人、猫が怖いんだ。
寝不足と疲れのせいもあったのだろう。
何ともいえない可笑しさが込み上げてきて、マイケルを抱き上げながらマキは声を出して笑ってしまった。
通りすがりの人を笑うなんてこんな失礼なことはない。
それでもクスクスとマキはいつまででも笑った。
男はバツが悪そうにゆるくウエーブした髪をかき上げると、マイケルから視線を外しながらマキの横を通り過ぎた。
すれ違うときマキに小さく「ありがとう」と言って。
まだ薄暗い夜明け前。
結構背の高いその男の後ろ姿を見つめながらマキは「変な人」とつぶやき、マイケルをギュッと抱きしめた。
湿ったコンクリートのにおいがする。
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