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【3】
男はゆっくりマキに近づき、1メートルくらいのところで止まった。
手を伸ばせば届く距離だ。
マキは更に動悸が早くなっていくのを感じたが、なぜか動けなかった。
―――どうしよう。
男がゆっくり口を開いた。
「その制服……。君、高校生だよねぇ。学校は?」
「は?」
意外な言葉に思わず素っ頓狂な声を出してしまった。
「学校、休んだんじゃないの? 今朝家には帰ったの?」
「な、なんでそんなこと聞くんですか。関係ないでしょ!」
男はちょっと首をかしげるような仕草をしてマキを見つめた。
「家の人、心配するよ。こんなことしてたら」
この人、私をからかってるんだろうか。
マキは頭にカーッと血がのぼって行くのを感じた。
親身になってくれるでもない教師や指導員に何度も言われた台詞だ。
「心配なんかしないわよ。私の事を本当に想ってくれる人なんていないもん」
「どうして?」
少し気だるげな、くるりとした特徴ある目がマキをみつめる。
「ママは私のことなんて関心ないんだから」
あれは小学5年生の夏だった。
まだあの力をコントロール出来なかった頃。うっかり覗いてしまった母の心の中。
一瞬流れ込んできた感情の断片にマキは凍り付いた。母には好きな人がいた。
“夫や子供なんて居なければ、その人の所へ行けるのに”
信じられない想いがした。裏切られたような。
結局は何事もなく母と父とマキは表面上普通の生活を続けている。けれどあの日の失望は、マキの家族への愛情を消し飛ばした。
それ以来マキは人間の心を読むのをやめた。
極力人に触れることもしなくなった。
ONにするのは感情がクリアに読みにくい野良猫くらいだ。
「心配してると思うけどな」男は続ける。
からかってるとは思えないやさしい声。でもそれが無性に腹が立つ。
「関係ないでしょ? なんで見ず知らずの人にそんなこと言われなきゃなんないの?」
「まぁ、……そうなんだけど」
男は困ったように少し笑った。
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