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その代わり、俺と一緒に男子陸上部に飛び込んできた。
「アタシ、マネージャーになるから」と。
オマエ、自分は陸上やらなくていいのかよ?って聞いたら、箱根の風を一番近くで感じたいからって言ったっけ。
俺たちは新入生の中で一番最初に入部を決めた。
そして、卓・・・、俺たちを歓迎するムードの中、オマエが来たんだよな。
俺はあの時心底驚いたよ。
インターハイ長距離常連の須藤卓が現れたんだもんな。
出場種目では、ことごとく優勝をかっさらっていってた奴。
卓はもっと強豪大学に行ったと思っていた。
後で分かったことだけど、実際卓は4校からオファーが来ていて、そのうちの2校が強豪チームだった。
俺たちの大学はなかなかシード権が取れず、いつも予選会で出場権を獲得していた。
予選会では必ずと言っていいほど出場権が取れるのだから、決して弱いわけじゃない。
しかし、やはりシードで安定しながら練習に臨めるのと、予選会を勝ち抜くための練習をプログラムしなくてはならないのとでは、精神的プレッシャーの度合いが違う。
出来ればいつもシード権を持っている大学に入った方が、楽だろう・・・って思う。
それでも卓は、俺たちと同じ大学を選んできた。
部室はさらに歓声に沸いたよな。
特待で入ってきた卓に、多大な期待が寄せられていたのは一目瞭然だった。
戸惑っている俺に向かって言った一番最初の言葉、今でも忘れてないぜ。
「一緒に箱根、行こうな。」
切れ長の目にシャープな顎のライン、ひし形の耳たぶの形。
精悍な顔立ちの卓の声は、意外にもおっとりしていて包み込むような柔らかさがあった。
話すスピードもゆったりしていて、この声の持ち主があんな成績を残してきたのか・・・と、そのギャップに戸惑ったっけ。
実際、性格もずいぶんのんびりした奴で、陸上以外のことに対しては、何から何まで間延びしたようなイメージの人間だった。
卓は俺を気に入ってくれたようだ。
学科が違うから授業で会うことは無かったが、外で俺の姿を見掛ければ寄ってきて他愛もない話をし始める。自分で言ったことに自分でウケたり、かと思えば何も話さずボンヤリとただ一緒にいることも多かった。
独特の雰囲気を纏った卓だったけれど、その空気感は人を和ませる力を持っていた。
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