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Ⅹ
ふと、いい匂いがするのに気が付いた。
こんな森の中で、香ばしい、食欲をそそるような、いい匂い。誰か人がいるのかもしれない。
そんな場合ではないのに、お腹がなってしまう。そろそろお昼の時間だった。
匂いに誘われるように少し進むと、行く手に一軒のこぢんまりした家があらわれる。
こんな森の中に、家?
てっきり森に遊びにきた人がキャンプでもしているのかと思ったけれど、匂いはその家から漂っている。
フルーフの森に人が住んでいるなんて聞いたこともない。じわじわとふくらみはじめた好奇心をなだめて、僕はこっそりゆっくりと家に近づき、中を覗いてみようと思った。
でも家の壁に張り付いて、マドから中を覗こうとしたその時、家の近くに生えた木の枝にとまるオルドヌングと目があった。
「オルドヌング!」
家の中にいる人に聞こえないよう、小声で呼びかける。
オルドヌングは、来るのが遅いと文句でも言うかのように一声鳴くと、足で掴んでいた本をポイと離した。
木から放られた本がけっこう大きな音を立てて地面に落ちる。
僕はあわてて本を拾うと、家の中の音に耳をすましてみた。もともと中から物音がしていたわけでもないけれど、やっぱり何の物音も気配もしない。
たぶんしない、と思う。僕自身の心臓の音がうるさ過ぎて、正直なところよくわからない。
「……にんげん、ですか?」
掠れた女の人の声だった。
壁に張り付いてい聞き耳を立てていた僕のすぐ隣に、音も気配もなく、困った顔をした女の人が立っていた。
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