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ⅩⅡ
女の人はグリュックという名前で、森に一人で住んでいるそうだ。
「そうするのが一番いいことだと思ったから」
不思議な香りのするお茶に口をつけてから、グリュックは言う。
「森にいればつらいことや怖いことは起こらない。食べ物も薬草もたくさんあるし、話し相手もいる。外にいるよりも、ずっと、いい」
なんとなく、自分で自分に言い聞かせているような言い方だった。
僕はグリュックの料理を飲み込むと、とても素直な感想を言ってしまった。
「ホントにそう思ってる?」
ぽろりと口からこぼれ出てしまった言葉に、僕は内心あわてたけれど、一度言ってしまったからには引っ込められない。
「グリュックが森のこと好きなのはわかるけどさ、森にある材料で作った料理もすっごくおいしいし、植物のこともすっごく詳しいし。でも、こんなとこで一人なの、寂しくない? 話し相手が誰なのか知らないけど、たぶん森の外へ出た方がいっぱいいるよ?」
グリュックは首を傾げて不思議なものを見るようにして僕を見つめたけれど、すぐに話題を変えてしまった。
「フルーフの本のことを、話してもらえますか?」
フルーフの本は、表紙に白いチューリップと青いアジサイが彫り込まれていて、革で装丁されている大型の本だ。本文は白紙で奥付もない。
「サンザシの木の下で拾ったんだ。それで、そのまま持って帰ったんだけど……」
拾った時は、しおしおに枯れ果てたクローバーが表紙を囲うようにして彫り込まれていて、その中心にのびのびと天を仰ぐ白いチューリップと枯れた植物が彫り込まれていたはずだった。
「ミルト姉さんにこの本を見せたら、いつの間にか表紙にアジサイがあって……」
変化があったのは本の表紙だけではない。
ミルト姉さんにこの本をあげたら、やさしかったミルト姉さんが別人のようになってしまった。
「本を持ち出したフクロウのオルドヌングを追いかけてここまで来たんだけど、」
僕はグリュックに本を差し出す。
「これ、本当はグリュックの本なんじゃない?」
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