4

1/1
前へ
/32ページ
次へ

4

 あたたかい風がほおを撫でる。  なにか、なじみの深いさわり心地のものに触れたような気がして、私はそっと目を覚ました。  日が高くのぼっている。それを壊れたマドから眺めて、私はがく然とした。少しだけのつもりだったのに一晩も眠り込んでしまった。今ごろ両親はカンカンに怒っていることだろう。  それだけじゃない。見れば、荒れた部屋のどこにも、お隣さんの姿がなかった。  両親とお隣さん。どちらも、絶対に機嫌を損ねてはいけないのに。  私は頭を抱えて泣き出してしまいたいのを必死でこらえ、ベッドから身体を起こす。  指先につと、何かあたたかいものが触れた気がした。見るともなしにちらとだけ目をやると、昨日枕にした分厚い本がある。  瞬間、私は本から目が離せなくなってしまう。  咲き乱れるクローバーは、朝露に濡れたかのようにみずみずしく表紙を囲い、その中心にはのびのびと天を仰ぐ白いチューリップと、凛とした気品を漂わせる黒いユリが彫り込まれている。  吸い寄せられるように手をのばし、本の表紙に指を這わせた。どこかなじみの深い、あたたかいさわり心地がして、さっきまでの泣きそうな気持ちはどこかへ行ってしまった。  ぎゅっと胸に抱き寄せると、心の底からふつふつと元気が湧いてくる。  うれしくなって、私は本を抱えたままドアもマドも壊れた家を飛び出し、森を駆け抜けた。  身体がとても軽い。どこにも痛いところがないし、熱っぽくも、悪寒もしない。  私はますますうれしくなって、一目散に両親の待つ家へと戻る。
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加