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 明るい気持ちでいっぱいだった。  身体も軽く、なにもかもすべてうまくいく、そんな気がした。  同時に、頭の芯の部分がモヤに包まれているような、ぼんやりとした心地でもあった。痛いことも、つらいことも、怖いことも、みんなみんなモヤに包まれ、どこか遠くへ運ばれてしまったような、そんな感じ。  家に戻ってから起こったことを、だから私はよく覚えていない。  気がついたら床に転がっていた。身体中がひどく痛み熱を持っている。  母はいるのに、父がいなかった。それから、あの本もなくなっていた。  目を覚ました私に気がつくと、本ならとうさんが街へ売りに行ったよ、とギラつく目をした母が教えてくれる。どうせ拾ってくるなら、腹の足しにもならない本なんかじゃなくて、牛でも拾ってくればいいものを。憎々しげにそう言って、荒々しい足取りで部屋の奥へひっこんでしまう。  私も母も、字が読めなかった。  父は読むことができたけれど、聖書にあるごく少しの言葉だけだ。  読めない一冊の本よりも、一個のパンの方がずっと必要なもの。あんなに素敵な本なのだから、きっとたくさんのパンが買えるお金になるはずだと、私は私をなぐさめた。  ところが、何日経っても父は帰ってこない。  代わりに、本だけが私のところへ戻ってきた。 ――まぬけなグリュック。せっかくあげたフルーフの本をおっことすなんて!  森で薬草を摘んでいたら、シャンシャンと呆れたような笑い声を上げて、本を持ったお隣さんが声をかけてきたのだ。 ――ワタシがあげたフルーフの本、もうおっことしたらだめだよ? 大切にしなきゃ、絶対絶対だめだよ?  一体どこに落ちていたのか、本を持って街へ行ったはずの父はどうしたのか、疑問が一瞬だけ頭の中を駆け巡ったけれど、それよりも本が戻ってきたこと、それからお隣さんが機嫌を損ねてはいないことの方が私にはずっとずっと重要なことだった。  私は心の底から感謝を込めて、お隣さんにお礼を言い、フルーフの本を大切にすると約束した。  本が戻ってきてからしばらくして、今度は母が父をさがしに街へ行った。  そして、父も母も二度と戻らなかった。  家と少しばかりの財産は、すべて私のものになった。
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