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◇ ◇ ◇
数週間の入院生活が終わり、迎えた退院の日。
逸樹は両親に付き添われ、実家ではなくカフェのある現在の住まいに戻っていた。こちらを選んだのは逸樹の要望でもあったが、両親も一番落ち着ける場所が良いだろうと、それを勧めてきた。
店舗側の裏手にある住居側の玄関引き戸を開け、数週間ぶりの我が家に戻る。慣れ親しんだ場所にも関わらず、誰もおらずシンとした空間に小さなため息が漏れてしまう。それでもやっと帰ってこれたのだ。早く準備を整え、カフェを再開させようと意気込みをみせる。
「さーて。明日から、また頑張ろう」
玄関を上がり、早々に厨房へ向かおうとする逸樹の肩に父親の手が伸びる。
「逸樹。頑張るのも良いが、まだ万全じゃないんだ。二、三日休んでからにしなさい」
「そうよ、逸樹。ちょっとゆっくりしなさい」
続けて、母親が逸樹の持っていた荷物を取り洗濯場へと入っていく。
退院したばかりで両親の心配ももっともだと、逸樹は二人に甘え休もうと二階へ上がろうとする。だが、なぜかここでも父親の手が肩に伸び、進行を妨げる。疑問に思う父の行動だったが、そこに何かが鼻腔を掠め逸樹は完全に足を止めた。それは甘かったり芳ばしかったり、様々な匂いがあり、鼻腔と共に胃を刺激する薫りだった。食欲を促進させる香りは店舗であるカフェの方から薫り、止まっていた逸樹の足を引き寄せ導いていく。
「……えっ!?」
階段横の和室を抜け店舗側に足を運ぶと、そこには信じられないで光景が広がっていた。
「高宮、おかえり。退院おめでとう」
「おめでとう、店長さん」
「てんちょぉ~っ! 退院おめでとうございますぅ」
圭一郎、紗季、浩也に美咲。それに仲良くしている近所の奥さまたちに、常連さんといった見知った顔がそこにはいた。そして、テーブルには様々な料理が並んでいる。
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