『高宮逸樹』

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「……えっ、皆さん。どうして……」  驚き、茫然と眺める逸樹に、背後に立っていた父が肩に手を置く。 「皆さん、逸樹のために集まってくださったんだぞ」 「そうよ。南方くんが発案して、色々な方に声をかけてくださったのよ」  続けて、遅れてやってきた母が言葉をかける。 「……拓海くんが?」  逸樹はここに入りすぐに目に入っていた拓海の姿を見つめる。拓海は頬杖をつき、いつもの席に座っていた。実に数週間ぶりの再会。互いに嬉しいはずなのに、拓海は逸樹と目が合うと心苦しそうに顔を歪め、視線を逸らしてしまった。 「あ……拓海くん……」 「よーし。高宮も帰ってきたことだし、パーティー始めましょうか」  拓海の傍に駆け寄り、声をかけたい気持ちがあるのに行動に移せなかった逸樹。そんな彼の様子など気に留めることもなく、圭一郎が発起人を無視してパーティー開始の音頭をとってしまう。  唐突に始まってしまった快気祝いのパーティー。  逸樹は拓海に声をかけることができないまま、先ずはお世話になった人や見舞いに来てくれた人たちに個別に挨拶にまわった。そして、近所の奥さま手作りだったり、紗季や圭一郎が買ってきた濃い味付けの料理を久し振りに味わっていく。  あらかた挨拶を終えると、逸樹はこの中で唯一声をかけていない拓海の方に視線を向けた。拓海は同じ場所に座ったままで、隣に座る逸樹の父親と話しをしている。何を話しているのか気になりしばらく様子を窺っていると、視線に気づいたのか父が振り返り席を立った。父親は何とも言えないにこやかな笑みを湛え逸樹の方に歩み寄ると、優しく肩を叩き、 「南方くんは心根の良い青年だな。安心したよ」  と、促すように背を押してきた。どこか含みのある言い方に思えたが、特に気にすることはなく逸樹は拓海のいるカウンターの席へと近づいた。
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