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「謝らないで。謝るんじゃなくて、僕を安心させて」
「……逸樹さん」
拓海は自分の頬に添えられた逸樹の手に、恐る恐る手を重ねた。しばらく、互いの手の温もりを感じていた二人は、ゆっくりとカウンターの上に手を下ろし、何かを求めるように指を絡ませていく。そして、何も語らず見つめあい、静かに互いが望むものを触れあわせようとした。
「お~い、お二人さん。あんま、イチャイチャするなよ~。ご両親も見てるんだからなぁ~」
静まり返った空間に突如響いた圭一郎の声に、ハッと我に返る。気がつけば皆の視線が逸樹たちに集中していた。
「……あ、あの……」
逸樹は顔を真っ赤にし、あわあわとする。久し振りに会って話せた喜びに、すっかり自分たちだけの世界に入り込んでしまっていた。明らかにキスをしようとしていたこの状況を、どう言い訳をしようかと考えるが、パニックに陥った思考では妙案は浮かばない。
「もー、逸樹くんったら、隠さなくてもいいわよ」
近所の奥さまたちが二人の様子を眺め微笑んでいる。
「みんな気づいてるから」
「…………へっ?」
ポカンとする逸樹に追い討ちをかけるように、奥さまたちは続けて言う。
「だってねぇ。逸樹くんが拓海くんを見つめる目って、完全に恋する乙女なんですものねぇ」
「そうそう。もー、大好きですって目が語ってるものねぇ」
奥さまたちは「うふふ」と、井戸端会議でもしてるみたいに盛り上がっている。突然の告白に動転した逸樹は、恐る恐る他の人たちにも視線を向けるが、皆一様に奥さまたちの意見に同調する態度をみせる。まさか両親もなのかと二人を見ると、桐野といた父は意味ありげな笑顔で頷くばかり、母に至ってはちゃっかり奥さまたちに混じっていた。
「え、ええーーっ!?」
驚き声をあげる逸樹。
「あらあら、何を今更慌ててるのかしら」
紗季が面白おかしく煽る。
「……た、拓海くん」
助けを求め、縋るように顔を向ける逸樹。しかし、拓海は頬杖をついた手で口許を覆い、耳まで赤くなった顔を恥ずかしそうに逸らすのだった。
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