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千秋は軽やかな笑い声を立てた。
この場に全くそぐわない、透明感のある美しさに溢れている。
「私は千秋。正真正銘、その人の子供よ」
「いい加減、本当のことを言ったらどうなんだ!」
またしても晴彦が声を荒らげる。
「確かに妻には、前の夫との間にもう一人子供がいた。しかしその子は……
千秋は、男なんだぞ!」
弘人が、愕然とした表情で涼やかな美貌を見やる。
完璧に整った、作り物のような美女。
「どういうことだ。でも君は、確かに――」
「うふふ、そうよ。弘人さんは、私の身体についてこの中の誰より知ってるものね」
皮肉めいたきわどい言葉を、彼女はさらりと恋人に向けた。
「私はみちる姉さんを、この身体に蘇らせたの。顔はもともと似ていたから、少しいじるだけで簡単に済んだ。問題は身体だったけど……
それでもわざわざタイに行って手術を受けたおかげで、私は姉の肉体を手に入れたの」
「本気だとしたら……君は、おかしいんじゃないか。こんな、何の罪もない母親を責めるために、それだけのためにこんなことまで」
千秋は、ついと母親に視線を移した。
穏やかな顔つきのまま、しかし言葉に遠慮はない。
「あなたの大事な息子が本当のことを知ったら、何て言うでしょうね」
美しかった母が、気品と色香に満ちていた表情をゆがめる。
その姿はもはや、ただの哀れな老人だ。
「わた、わた、わたしは……」
「二十年前のあの日。母さんは、私がもう寝ていると思ってたのよね。食後に食べたポテトチップスのせいで喉が渇いて目が覚めたなんて、思ってもみなかった」
「違っ……!」
「気づいてたの。ずっと前から、気付いてた。
もともと酒に強かった父さんが、母さんが勧める酒を呑んだ時だけいつも酔いが早かったの。いつだってそれは開封済みで、父さんが勧めてもあんたは絶対に呑まなかった」
千秋は思い出す。
――あれは不幸な偶然による傷害致死などではない。起こるべくして起こった、計画殺人だ。
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