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「丼池君、美奈代さんによろしく。俺は、百舌鳥さんを送ってから帰るから」
百舌鳥は、助手席で頭を冷やしながら眠っていた。
「弥吉。時には用事がなくても、家に帰って来てもいいのよ」
俺にとって故郷は、辛い思い出が多すぎる。俺は、両親のせいではなく、自分のせいで、ここに帰れないのだ。思い出は、時間と共に薄れるのかと思っていたが、日常に埋没こそすれ、薄れはしない。
特に後悔は、いつまでも残って俺を責める。
「まだ、無理です。俺は、この土地で綾瀬を失った。でも、俺はまだ、綾瀬と話して相談している」
小暮の件でも分かったが、隠していないで、正々堂々と親友でいたかった。それを避けたのは、互いに責められるのを見たくなかったからだが、戦う強さも無かったのだ。
こんな姿を乗り越えて、俺は俺でいればよかっただけだ。
「そうね……」
母親は、悲しそうに笑っていた。
二日酔いの百舌鳥を家に送ると、丼池家までどうやって帰るか考えていなかった事に気がついた。
歩いて帰れない距離でもないだろうと、歩き出すと、丼池の車が道端に止まった。
「遊部さん。気ままに歩きですか?」
丼池の車に乗り込むと、遠回りされてしまった。
「小暮さん、遊部さんの恋人の新庄に手を出していたみたいですよ。通夜の場所で、噂話に花が咲いていました」
公園の駐車場で、丼池の車は止まっていた。
「同じ理由で、新庄さんは、今の遊部さんに似ていますよね。大人しい版の遊部さんです」
もしかして、小暮が綾瀬に謝ったのは、新庄の件もあったのか。
でも、それはおかしい。俺は、最近まで綾瀬に男の恋人もいたなんて知らなかった。当時も、誰も知らなかったはずだ。
綾瀬は、すごく女生徒にもてて、常に公の彼女がいた。誰も、男なんて想像しなかっただろう。
「新庄とは言わなかっただろう?綾瀬の恋人に手を出した、じゃないか?」
でも、丼池が新庄という名前と、姿を知っているはずがない。
「新庄で、写真も見ました」
新庄は、綾瀬と登校していることもあった。綾瀬の、恋人と揶揄されていたのかもしれない。
もう真実は分からないうえに、当事者は誰も生きていない。
「まあ、いいか」
やっと動き出した車は、ラブホの前で少しブレーキがかかった。
「美奈代さんが心配しているのでしょう?」
俺の言葉に、丼池は仕方なさそうにアクセルを踏んだ。
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