(1)亡霊に出会う夜

2/22
前へ
/44ページ
次へ
その廃墟と化したビルを前にしてヴィンリーの頭の中には最早かけ引きなど欠片もなかった。 彼は迷う事なく2日前の夜イリアの死体を隠したその古びた建物の中へと入って行った。 イヴァンとグリゴールも無言で後に続く。 背後で重い鉄製のドアが閉まると3人は完全に視界を失った。目の前の人間の顔が見えない程の暗闇に思わず足が竦む。 それは外から射し込む光の一切を遮断した人の目に馴染む事など決してあり得ない漆黒の闇だった。 建物の右端にあるドアから入った彼らの目の前には通路が奥に向かって真っ直ぐに伸びていて、それに沿って左手の壁には適度な間隔を置いてドアがいくつかある筈なのだが、それら全てがその闇の中へと葬られてしまったみたいだった。 涯ての見えないが故の不気味さが辺り一帯を支配していた。 そしてそれは2日前の夜も同様だった。 ヴィンリーの記憶が生々しい感触と共に甦る。 視界0の闇の中、死体を背に歩くのは決して気持ちのいいものではない。 彼は背中でイリアの死体が揺れる度に、突然それがそのまま動き始めるのではなかろうかと言う不安に襲われた。 そう言う事が起こっても何ら不思議ではないと思われる雰囲気の中、通路の奥にある階段に辿り着くとヴィンリーはそれを尚も2階へと上がって行った。 しかしそこが限界だった。 ヴィンリーは階段を上がった所にある2階の一番手前のドアを手探りで開けて、そこにイリアの死体を投げ捨てたと記憶している。 ところで意味合いは少し違うが、今すぐ後ろに付いて来る二人の男もヴィンリーにとっては死体に負けず劣らず充分に不気味であった。 であるが故の緊張と恐怖の連続による精神の疲弊、更にこの闇と恐らくは薬物のせいもあって、ヴィンリーの思考は俄に狂い始めるのだった。    
/44ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加