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「ねぇ、私あなたのこと大好きよ」
自分の口から出た言葉に、私は驚いた。こんなことを言うつもりはなかったのに。ただ一言、「さようなら」と別れの言葉を告げたかっただけなのに。「大好き」なんて知らない人から言われたら、ただ気持ちが悪くなるだけだ。
後悔に呑み込まれる私の心の声とは裏腹に、口からは衝撃的な言葉が飛び出してきた。
「ねぇ、私あなたのこと一生忘れないわ。だからあなたも私のこと……忘れないでよね」
「え、怖いよ、おねぇちゃん」
不安に揺れた声が聞こえたとき、腕の中に納まっている賢人の体がこわばるのが分かった。
私は自ら発したその言葉に、怒りの感情が少し混ざっていることに気が付いた。――そうか、私は怒っているのか。賢人が私のことを覚えていなかったから。
だけど、それにしたって「忘れないで」などと言っていはいけなかった。私は、賢人を怖がらせるような言葉や、縛る鎖になるような言葉を彼にかけたかったのではない。
ふと自分の心の中に声が聞こえてきたような気がした。「自分でかけた鎖は、自分で外しなさい」と。
その言葉は自分の心の中に浸みこんで消えた。私はそっと瞼を閉じた。自分でかけた鎖は、自分で外さなければ……その通りだなと思う。もう、この少年との関係は終わりにするべきなのだろう。
私は一粒の涙をこぼしながら、口を開いた。
「やっぱり、さっきの言葉はなし」
嗚咽が漏れそうになり、とっさに唇をかみしめる。私は喉を震わせながら空気を吸った。
「あなたは――私のことなんか忘れてよね」
言い終わった刹那、胸を締め付けるような痛みが襲ってきた。自分の言葉にこれだけ傷ついたのは初めてだ。だけど、これで大丈夫。もう、この子は私の存在に縛られない。あなたは、私のことを忘れるのだから。
――忘れてほしい。それが私の不本意で、だけど絶対に叶ってほしい願い事。――この子の為にできる最後の願い事。
「さようなら」
私は少年の体を抱きしめている両腕の力をそっと緩めた。最後にこの子の温もりを身に刻んでおきたかった。腕を離したくはなかったが、その感情をどうにか押し殺して、小さな体を開放した。顔を上げると、困惑した表情の少年が私を見下ろしていた。
「おねぇちゃん、何で泣いてるの?」
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