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気づけば私の両目からは、大量の涙が溢れていた。その大粒の涙は、私の服に浸みこんで消えていく。
私は涙でぐしゃぐしゃになった顔で、にっこりと笑った。
「ううん、何でもないの……。あと、今日私と会ったことは、あなたのお父さんには言わないでね」
「なんで?」
「私のこと、忘れてっていったでしょ?」
少年は小さく頷いた。私は涙を手の甲で拭った後、未だに力の入らない足で何とか立ち上がった。遠くで再び「賢人」と呼ぶ男の人の声が聞こえて来て、私は安堵し少年の背中を軽く押した。
「行っておいで」
「やだ」
少年は父の顔を一目見た後、首を振って俯いてしまった。私はその場にしゃがんで少年の顔を上目遣いで見た。涙で腫れてみっともない顔を見られているのに、羞恥心なんて微塵もなかった。
「あなたのこと、必死に探してるわ」
少年は俯いたまま、「やだ……」と呟くように言った。
――行って、お願いだから。最後だけでもつよがらして。もう少しで涙がまた出て来そうだから。
私はそう言って叫んでいる自分の心を抑え込みながら、微笑を浮かべた。もう少しでその表情が崩れてしまいそうだった。
「心配してるから、だから、行っておいで」
そう言うと少年はようやく納得したのか首を縦に振り、「さようなら」と言って駆けだした。
遠ざかっていく小さな背中を見た瞬間、言葉では言い表せないような苦しさが体を駆け巡って、私はその場から少年とは反対方向へと一気に駆け出した。
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