他人であるアナタ、さようなら。

13/14
前へ
/14ページ
次へ
 足がもつれて転びそうになりながらも、腕を必死に振って、涙でみっともない姿をさらしながら無我夢中で走った。    こちらを見る人の視線も、雨が降り始めていることさえも全く目に入らない。ただただ辛くて苦しくて悲しくて、それを忘れるために必死に足を動かした。  道端に転がっていた石につまずいて盛大に転ぶ。膝を強く打ち付けて、体中に鈍い痛みが走った瞬間、私はようやく正気に戻ることができた。  不意に波が押し寄せてくるかのように悲しみが溢れて来て、私は顔を覆って静かに泣いた。  雨と自分の涙が混ざり合い、服をべとべとに濡らしていく。顔を覆っていた手を離し、泥水が侵食していく自分の服をただ呆然と見つめていると、ふとあの約束のことが頭に浮かんだ。  ――ちゃんと、理由があってのことよ。    母の声が聞こえてきたような気がした。まるで耳元で囁かれたかのように、その言葉は私の耳に余韻を残して消える。  お互いの子供の関わりを一切断つ。その約束は、後から取り付けられたもので、最初は時がたてば会えるはずだった。  なぜ最初の約束が無くなり、あのような理不尽な約束が結ばれたのか。それはもしかしたら――。 「私の、ため……?」  掠れた声と雨の冷たさが私の思考をより鮮明なものへと変えていく。  父はもしかして、弟が自分のことを忘れているという事実を知らせたくなくて、私たちを会わせることを拒んだのだろうか。私があんなにも嫌悪を抱いていたあの約束は、私の為に結ばれたものだったのだろうか。  私は首を横に振った。いや、そんなはずない。だったら、なぜ……?  それ以外の理由など、全く思いつかなかった。  全ては私が傷つかないため。そのためだけに父と母が結んだ約束の真意を、私はこの瞬間知ってしまったのだ。  私は虚ろな目をしながら、よろよろと立ち上がって空を見上げた。  雨は一向に止む気配がなく、今もなお私の体に強く当たってくる。まるでそれは、私の心から溢れてくる悲しみを表しているかのようだ。  私がこれからしなければならないこと。それは――。  父と母が結んだ約束の真意に気付いていないふりをして生きていく事。  そうやって己に嘘をついて、一生秘密を抱えて生きていくこと。  私はそう決意して、きつく拳を握った。そうすれば、父と母は傷つかずに済むのだ。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加