他人であるアナタ、さようなら。

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吐き捨てるように私の口から出た言葉は、虚しく宙に消えた。 「ああ……」  父は気まずそうに視線を宙にさまよわせた。静かで重苦しい雰囲気が私と彼を包みこむ。  私は心の中で父に、気の利いた言葉の一つも言えないのかと悪態をついた。やはり、会いたくなかったと思っていたのはお互い様のようだ。  しばらく無言の状態が続いたが、やがて父が私の目を見て口を開いた。 「なぁ、お前今、どうしてる?……幸せか?」  私は驚きと衝撃で、思わず父の顔を凝視した。  自分が手放した娘に、そんなことを尋ねるなんて。娘と弟を引き離し、幸せを奪った張本人であるのに、そんなことを尋ねるなんて。  ――許せない。 「無責任な人」  怒りに任せて口にしたその言葉に、父の顔は悲しく歪んだ。  それを見た私はほんの少しの罪悪感に苛まれた。父は本当に私の身を案じてくれた。もう少し良い言葉をかけてあげてもよかったのではないか、という後悔が自分の心に芽生える。  私は父の顔を見たくなくて、顔を背け地面を見つめた。萎れた花のような私の心とは対照的に、芝生の緑色は青々としていて元気がみなぎっているようだった。  私は一度大きく息を吸って、再び口を開いた。 「何か用事があるから、ここに来たんでしょう?……いいの?私なんかに時間を使って」 「いや……、ああ、そうだ。ここにお前の弟は来ていないか?」 「……来ていないわ」  私は一瞬躊躇った後そう言った。 「そうか。……じゃあな」  父の声が聞こえた後すぐに強く地面を蹴る音が聞こえて、私は顔を上げて、駆け出していく彼の背中を見た。その背中はあの頃と全く変わっていなくて、なんだか少し切なくなった。いつのまにか潮が引くかのように心の中から怒りは消えていて、虚ろな寂しさだけが残っていた。ふと賢人を帰してあげればよかったという後悔が芽生え、それがチクリと胸を刺した。  新たに誰かの走ってくる音が聞こえたので、私はその音源の方へ視線を送った。すると、賢人が駆けてくるのが視界に入ってきた。 「お父さん、行った?」
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