君との一年

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 花火大会があるというので、無理やり連れだされた。  この歳になって花火もないだろうと思ったが、どうしてもというので重い腰をあげる。  なぜそんなにまで自分を連れ出そうとするのか、すぐにわかった。 「あのね、私は君の運転手じゃないんだけど」  ハンドルを切りながら、毒ずく。だが、当の相手はまったく気にした様子なく助手席でジュースを飲んでいる。 「だって、バスも電車もすごく混むし、自転車で行くのも暑いし。ちゃんとお礼はするから」 「そういって、何かきちんと返してくれたことあったかな、君」 「笑顔とか?」  そう言って、助手席の彼女は頬に指を当てて笑う。顔がかわいいから、ちょっと様になるのが余計に腹立たしい。 「まあ、もう諦めたよ。君の行動はいつもこうだし。直感的だよね。良くも悪くも」  彼女と出会ったのは、一年前。  私が住むアパートに引っ越してきた時だった。 「隣に引っ越してきた小町です。小町通りの小町です。あ、小町通りわかります? 鎌倉の」  いきなりまくしたてられて驚いたのを今でも覚えている。その時の私は、大学の研究でろくに眠れない日々を過ごしていたから、つっぱねることも愛想を振りまくこともできなくて、ただぼんやり彼女を見つめることしかできなかった。 「岸田です。よろしく」  ようやく出てきた言葉がそれだった。小町は満面の笑みを浮かべ、よろしくお願いしますと言った。  ああ、この子かわいいな。と思った。  
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