君との一年

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 それからというもの、小町はやたらと私を訪ねてくるようになった。  例を挙げてみよう。  ある晩のこと。 「カレー作ったんですけど、ちょっと作りすぎちゃって。岸田さんにおすそわけしようかと」  なんでと私が訊くと。 「岸田さん、お弁当かカップ麺ばかりでしょ? たまにはきちんとした食事したほうがいいかなと思って」  と言って、鍋を押し付けてくる。いや鍋って。おすそわけにしちゃ大きすぎる。 「いや、君、なんで私が弁当ばっかだってわかるのさ」 「時々スーパーでみかけるんです。いつもお弁当とカップ麺しか買ってませんよね?」 「君、人のこと観察してたの?」 「はい。岸田さんみたいですよね」 「なんで?」 「ほら、観察実験みたいじゃないですか。生態調査? 的な」  いやいや、なんだそれ。というか、私の専門は物理なんだけど。  と色々言い返すことを考えているうちに、鍋を無理やり押し付けられてしまう。 「食べ終わったら、そのまま返してくれていいですよ。その代わり、ちゃんと私の部屋まで届けてくださいね」 「えー。洗って玄関の前に置いとくんじゃだめなの?」 「ダメです。私、岸田さんともっと仲良くなりたいんですよ」 「私、ぐいぐいこられるの苦手なんだけど」 「じゃあ、好きになってもらえるようもっと頑張らないとですね。ぐいぐい行くのは性分なので。それじゃ」  そう言って、風のようにさっていく。さながら、私の生活を脅かすハリケーンとでも言おうか。  こんな感じで、小町はこの一年やたらと私に絡んできた。  疲れてアパートに帰ってくると、いつも「岸田さんおかえり」と笑顔を向けてくる。  ただいまと返すのが最初は恥ずかしかったけど、いつのまにかそれが当たり前になっていた。  そんな風に、ぐいぐいと無理やり関わりを持つうち、なんというか、意外と悪くないかもと思い始めている私がいた。
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