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大野さんは僕の携帯の画面を数秒見るが、フンッと鼻をならし、全然平気な顔で説教を続けた。
「だいたいなあ、『お酒飲めません』とかびっくりするわっ。飲めなくてもな、乾杯の時は皆にあわせてビール頼んで、ちょっとでも口をつけんだよ。ったくツルっとした顔しやがって、最近の若い奴は」
大野さんは、言いながら非常階段のところに山積みされていたおしぼりを一つとると、パッケージをやぶり自分の顔を丁寧に拭く。「ぷはー」と「悦」の声をもらす。
……おっさん……。
僕は正直ドン引きする。そうなのだ、大野さんはおっさんだ。新卒の僕と四つしか違わないのに、嬉しそうに下ネタを言うし、やる事がいちいちヤバい。
ランチの席で、おしぼりを使って思いっきり顔を拭く。食後につまようじをあからさまに使う。驚いて周囲を見渡しても、皆慣れているようで、平然としている。そういう「キャラ」のようだった。
もし大野さんの見た目が行動と同じくおっさんなら、それに違和感はないかもしれない。僕がドン引きするのは、大野さんが童顔というか、少年っぽいというか、柴犬的かわいらしさのある見た目だからだ。そのギャップに脳がついて行けない。
初めて挨拶に行った時、この人となら上手くやっていけそうだと思った。ところが大野さんの中のおっさんスピリットは、僕の中の繊細なものをこんな風に簡単に踏みにじっていく……。
そ、そんな首までごしごしと……と思っていると、大野さんは突然僕の首根っこをがしりとつかんだ。僕より背が低いのに、その力があまりにも強くて逃げられなかった。
「おお、よしよし」
「!?」
僕は声にならない悲鳴をあげた。
「……っ、なっ、何する気ですかっ!!」
あろうことか大野さんは、自分ががっつり使用したおしぼりで、僕の顔を拭き始めたのだった。
「いやーーーっ!! やめてくださいいいいい」
自分から信じられないような声が出る。僕は別に潔癖というわけではないが、それはない。これは、どう考えても、人としてありえない。
大野さんのサディスティックな表情が目に入る。目がイっている。楽しんでやがる。すごい力で有無を言わさずぐいぐい顔を拭かれて、やっと大野さんが手を離した頃には、僕は放心状態の抜け殻になっていた。
何か……何か確実に、大事に育ててきたものを台無しにされた……。
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