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「五分たったわ。もういいんじゃない?」
知佳の言葉で、私はバスタオルを折りたたんで右耳に当て、手で押さえたまま体を回転させた。オイルがとろりと流れ出るのを感じる。
知佳がバスタオルを取り上げ、私をベッドのふちに腰かけさせた。バスタオルを見て顔をしかめる。
私もおそるおそるバスタオルを覗いた。オイルのしみた部分に耳から流れ出したものが引っ掛かっていた。ひとつは細い糸が絡みあってできている直径1cmくらいの白い幕状のもの、もうひとつは脚を縮めて死んでいる小さな蜘蛛だった。
知佳は薬箱からピンセットを取って来て、蜘蛛の死骸をつついた。大きさは5mmくらい。ぷっくりと膨らんだ胴体は真っ赤な色をし、細長い脚には黒い毛が生えている。
その姿に見覚えがあった。昨夜の夢に出てきた蜘蛛だ。でも、そんなことって。
知佳が死骸をつつきながら話す。
「これって蜘蛛よね? でも、人間の耳に巣を作る蜘蛛なんて聞いたことが無いわ。どうして耳にはいったのかしら」
私には思い当たることがあった。エステサロンでの右耳の痛み、次の日から急に悪くなった体調、耳から出てきた蜘蛛の死骸。きっとあの時……、
「エステサロンでピアスホールを開けてもらった後、エステティシャンが私の耳に顔を近づけてきた。そしてチクッという痛みを感じたの。あの時、卵を産みつけられたのよ。あの女は来院した人に蜘蛛の卵を植えつけているんだわ」
口に出した瞬間、平穏な日常が足元から崩れて行く感覚がした。怪奇な世界が私と知佳を取り込んでいく。
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