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5.激情
「彩夏の言っているのは珠緒さんのこと? あの人はそんな……」
知佳の言葉に、記憶が次々とよみがえった。知佳があの女と親しげに話す姿、あの女のピアッシングの腕をほめる知佳、夢の中で知佳の耳から出てきた何十匹もの蜘蛛……。
突然、恐ろしい考えがうかんだ。
(あの女は、知佳にも、蜘蛛を植えたのでないか)
その瞬間、全身の血が逆流した。怒りがふつふつと沸き起こる。
(あの女は、知佳に、蜘蛛を植えた)
言葉が頭の中をぐるぐると回る。両腕に鳥肌が立ち、うなじの毛が逆立った。
(あの女は、知佳に、蜘蛛を植えた)
「彩夏、顔色がひどいわよ。大丈夫?」
何も知らずに私を心配してくれる知佳を見た時、胸の中でどろどろと渦巻いていたものがはじけた。奔流になって私を呑み込む。
私は知佳に向かって大声で叫ぶ。
「知佳! 耳を見せなさい」
「どうしたの、いったい?」
「いいから早く」
きつい口調になるのをどうしようもない。
(あの女が、知佳に、蜘蛛を植えた)
知佳はいぶかしげに私を見つめた後、肩をすくめた。
「わかったわ」
おとなしくベッドに腰を下ろす。
「どうすればいいの?」
「そこに横になって」
(あの女が、知佳に、蜘蛛を植えた)
「これでいい?」
知佳はベッドに横向きに寝そべった。私はベッドに膝をついて知佳の上に覆いかぶさる。 ライトをかざして、躊躇なく耳の中を覗き込んだ。
(あの女が、知佳に、蜘蛛を)
得体のしれない生き物がいるかどうか調べるなんて、いつもの私なら怖気づいているはずなのに。
(あの女が、知佳に、蜘蛛を)
右の耳に蜘蛛はいなかった。
「次は左よ!」
「はいはい」
知佳が体の向きを変える。
(あの女が、知佳に、蜘蛛を)
自分を突き動かしている衝動が何なのか、自分でもわからなかった。知佳を守りたいと言う気持ちなのか、蜘蛛への恐怖の裏返しなのか、それとも……。
(あの女が、知佳に……)
舐めるようにして知佳の耳を覗き込む。左の耳にも蜘蛛はいなかった。
(良かった)
安心したとたん、体を支えていた腕の力が尽きた。支えを失い、私は知佳の体の上に崩れ落ちた。
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