5.激情

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「ちょっとお、どうしたのよ?」  柔らかな感触に包まれ、茫然としていた私は知佳に声をかけられてわれに帰った。のろのろと体を起こし、ベッドのふちに腰をかける。一時の興奮が収まり、前よりひどい脱力感に囚われていた。 「いったい、どうしたの?」  知佳も私の隣に座り、問いかけてきた。 「あなたの耳の中に蜘蛛がいるんじゃ無いかと思ったの」 「蜘蛛って、あの赤い蜘蛛のこと? で、どうだった?」 「いなかった」 「当たり前でしょ。でも、どうしてそんなことを思いついたの?」  私は答える代りに質問する。 「知佳、あなた昨夜、そこのテーブルで眠ってなかった?」 「え?」 「自分でも、夢だか現実だかわかんなくなっているんだけど、ゆうべ、真夜中に目を覚ましたら、そこのテーブルであなたが眠っていたの、そして蜘蛛が……」 「昨日帰った後、夜中にもう一回来たかってこと? そんなことする訳ないでしょ。そこまで面倒は見られないわ。わたしはあなたの母親でも恋人でもないんだから。ねっ?」  そう言いながら、私に微笑みかける。知佳の微笑みといたずらっぽく問いかける口調から、私に何か特別な答えを期待しているような気がした。だけど、脱力した頭では考えをまとめることができなかった。    その時、耳の中に違和感が残っているのに気がついた。蜘蛛は取り除いたはずなのに、まだ耳に中に何かいるような感触がする。 「耳がおかしいの。まだ、中に蜘蛛が残っているんじゃないかしら。」 「わかった、見てあげる。ライトを貸して」  今度は私がベッドに横たわり、知佳がライトで照らしながら耳の中を念入りに見てくれた。最初は右、そして念のために左も。 「だいじょうぶ、もう耳の中には何にもいないわ。中でもがいたせいかしら、耳の中がちょっと傷になっているから、それで何かいるような感覚がするのかも」 「そう……。良かった」
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