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「ちょっとお、どうしたのよ?」
柔らかな感触に包まれ、茫然としていた私は知佳に声をかけられてわれに帰った。のろのろと体を起こし、ベッドのふちに腰をかける。一時の興奮が収まり、前よりひどい脱力感に囚われていた。
「いったい、どうしたの?」
知佳も私の隣に座り、問いかけてきた。
「あなたの耳の中に蜘蛛がいるんじゃ無いかと思ったの」
「蜘蛛って、あの赤い蜘蛛のこと? で、どうだった?」
「いなかった」
「当たり前でしょ。でも、どうしてそんなことを思いついたの?」
私は答える代りに質問する。
「知佳、あなた昨夜、そこのテーブルで眠ってなかった?」
「え?」
「自分でも、夢だか現実だかわかんなくなっているんだけど、ゆうべ、真夜中に目を覚ましたら、そこのテーブルであなたが眠っていたの、そして蜘蛛が……」
「昨日帰った後、夜中にもう一回来たかってこと? そんなことする訳ないでしょ。そこまで面倒は見られないわ。わたしはあなたの母親でも恋人でもないんだから。ねっ?」
そう言いながら、私に微笑みかける。知佳の微笑みといたずらっぽく問いかける口調から、私に何か特別な答えを期待しているような気がした。だけど、脱力した頭では考えをまとめることができなかった。
その時、耳の中に違和感が残っているのに気がついた。蜘蛛は取り除いたはずなのに、まだ耳に中に何かいるような感触がする。
「耳がおかしいの。まだ、中に蜘蛛が残っているんじゃないかしら。」
「わかった、見てあげる。ライトを貸して」
今度は私がベッドに横たわり、知佳がライトで照らしながら耳の中を念入りに見てくれた。最初は右、そして念のために左も。
「だいじょうぶ、もう耳の中には何にもいないわ。中でもがいたせいかしら、耳の中がちょっと傷になっているから、それで何かいるような感覚がするのかも」
「そう……。良かった」
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