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涼しげなガラスの器に林檎のコンポートが盛られ、フォークが添えられていた。透明なシロップの中に半月形の林檎が浮かんでいる。透き通った黄色が美しい。
「いただきます」
レモンの香りのシロップはほのかに甘く、しゃくしゃくとした歯触りが心地よかった。口の中に林檎のあまずっぱさが広がる。子供の頃、風邪をひいて熱が出たら母親がすりおろし林檎を作ってくれたのを思い出した。コンポートを食べているうちに食欲が少しだけ出てきたので、二人でプリンを食べた。つるんとしたのど越しが気持ちよかった。
その次の日も頭が痛く、熱も下がらなかった。私は体調が完全に回復するまでは大学をお休みすることに決めた。
知佳は毎日通って来てくれた。昼前にやって来て、持ってきた食材で食事の支度をしてくれ、一緒に昼ごはんを食べる。しばらくとりとめのない話をした後、晩ごはんの準備をしてから帰って行った。
知佳が午後の講義のない日は、私はベッドで上半身を起こし、知佳はベッドのそばによせた一人用のテーブルと椅子に座って、一緒にテレビを見たり、話をしたりして過ごした。晩ごはんも一緒に食べた。
知佳とはゼミで何回か話をした程度でそんなに親しくはしてなかった。でも、こうして一緒に過ごしているうちに、互いに知佳、彩夏と呼び合うようになった。
知佳は術後の手当ても手伝ってくれた。消毒薬を小さなブラシで耳の前後の傷口に塗らないといけないのだけど、後ろ側にはファーストピアスの留め金があって鏡を使ってもよく見えないので、自分ではどうしてもうまく塗れない。知佳が「痛かったらごめんなさい」と言いながら、そっとなでるように塗ってくれた。それでもチクチクと痛むのだけど、痛がると知佳が困った顔をするので、出来るだけ平気な顔をしているようにした。
ちょっと困ったこともあった。私がベッドでうとうとしている間に、たまった汚れ物を知佳が洗濯してくれていたのだ。彼女によると、汚れ物が目障りだったのでやっただけというのだが、さすがにそんなことをしてもらうわけにはいかない。もうしないでと断りを入れた。
それでも、体調がなかなか回復しない中、くったくのない知佳の笑顔を見ていると少しだけ気分が晴れるのを感じた。
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