3.蜘蛛

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 その日の夜、私はベッドの中で長い間、寝つけずにいた。テレビの映像が刺激的だったのか、知佳の意外な一面を見たせいなのか、意識が眠りの中に溶けて……いく寸前に、覚醒に引き戻される。  おそらく、浅い眠りと目覚めを何度か繰り返したのだろう。深夜ごろ、私は不思議な感覚にとらわれていた。  目は覚めているけど、体を動かすことができない。目だけは動くので部屋を見回すと、ベッドの脇のテーブルに誰かがつっぷして眠っているのが見えた。薄紫のチュニックとジーンズを着ている。知佳だ。  意識の中の醒めた部分で、これは夢だと気がつく。知佳は一緒に晩ごはんを食べた後、自宅へ帰って行ったのだから。  夢の中の知佳は昼間と同じ服装だった。違うのは赤いピアスをしていること。知佳は私の部屋に来るようになってからはピアスを着けていない。私に気を使っていたのだろう  眠っている知佳はとても幸せそうな寝顔をしていた。    知佳の耳のあたりで何かが動いた。赤いピアス、あの蜘蛛のピアスだ。身体の横に折りたたまれていた脚がひくひくと動き、左右に広がる。黒くて毛の生えた脚だ。蜘蛛は8本の脚はリズミカルに動かし耳を這いまわる。ピアスではなく生きた蜘蛛だったのだ。  蜘蛛は耳たぶに達するとお尻から糸を出し、ぶら下がってテーブルに降りて行った。テーブルの上を這って知佳の顔にたどり着く。ふっくらとした唇に這い上がり、口の中に入ろうとするが、彼女の口はしっかりと閉じられていた。中に入れなかった蜘蛛はあたりを這い回り始めた。  やがて、蜘蛛は知佳の指の間を這いあがり、手の甲、手首へと上がって行った。二の腕、肩口を通って、首筋を登って行く。再び、耳に達すると耳孔の中に姿を消した。  私は夢うつつのまま、知佳をぼんやりと眺め続けた。どれだけの時が立ったのだろうか、耳の中から再び蜘蛛が姿を現した。蜘蛛は耳たぶに這って行き、糸を出してテーブルに降りて行った。そして、知佳の耳から別の蜘蛛が出てきた。やはり血のような赤い色。その後ろから、また蜘蛛。一匹だけではない。次から次へと蜘蛛が耳から出てくる。蜘蛛たちは糸を出して耳たぶから降りると、テーブルの上にたむろした。その数は数十匹ほど。
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